地上最強のブログ

しばいてくぞ

機能動詞(セット)って何なのか分ってるか (2)

 

前回の記事から 

繰り返すがこういった名詞は語ではない。語に出来る操作が出来ない:

* den Wein trinken
* einen Wein trinken
* vielen Wein trinken
* (Trinkt ihr Wein?) Ja, wir trinken ihn.

「einen Pokal Wein」などの縮約としてなら「einen Wein trinken」てのも有り得るが、あくまでWeinにはeinen付いてない(「vielen …」も同)。このように、冠詞も付けれず、形容も出来ず、代名詞で受けることも出来ず、動詞のセット要素になってしまっている物

Man kann dann annehmen, dass das Substantiv einer Verbpartikel nahekommt, jedenfalls nur ein Nebenkern des zugehörigen Verbs ist: […]

と分離前綴りみたいなものになっているケースが今の問題。なお、↑ このように、「前綴り」という名称は使わずに「動詞副詞・動詞不変化詞〔Verbpartikel〕と言う。そらそうだ。それは別に「前」に付いていることが大事ではない。「綴り」とかいうのが意味不明だし、別に「綴」っているわけではない。「分離」するも何も元から動詞と一体化しているのではない。印刷上の体裁に過ぎない。「Statt finden」→「Stattfinden」→「stattfinden」の推移間で中身は変わっていない。印刷上の体裁に過ぎない。「非分離」のほうも同じでそれは分離しないのじゃなくて動詞ににょきと生えている接頭辞なのであって「分離前綴り」とは全く別物である。このように、有害な誤理解と混同しか生まないから、ここでも触れたしそれからここでも仄めかしたが、「分離・非分離前綴り」「分離・非分離動詞」という呼称を撤廃せねばならない。で、上の文言の出典:

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の868頁。同頁のショッキングな文言

Solche Verbindungen gibt es im Deutschen in großer Zahl; bei vielen handelt es sich um Funktionsverbgefüge

FVGの一種だがそれに収まらず、とにかく「たくさん」有るという…。本記事は逆にこれもFVGの一種とする。同頁、例として、fahrenなら「Auto fahren」から「Skateboard fahren」、laufenなら「Amok laufen」から「Ski laufen」、spielenなら「Karten spielen」から「Geige/Klavier … u.ä. spielen」、他にも「Brot essen」から果ては複数で「Bücher lesen」と、密接になれる名詞+動詞がことごとくFVG(亜種)化することを述べている。どれだけの数か推して知れる。飲み物の種類数だけtrinken+無冠詞名詞のFVGが有り得る。

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語であること止めてるとは言え片割れ4格名詞は動詞の結合価ではある。そん時には動詞が他動詞であるしかない。一方前置詞句のときには自動詞も有りうる。

他動詞なら「jn. in Verlegenheit bringen」だが、どちらにせよ、ここでは動詞の片割れが副詞的に動詞に係っている。結構(in-Verlegenheit-kommen, in-Verlegenheit-bringen)の本体である前置詞句が機能(のみ)動詞に副詞として係っている。副詞である所の動詞のセット要員。これって、  前綴r   動詞不変化詞ではないか!!

  • […] sondern treten [sie] egoistisch als ein Ich gegen ein von Mir durchaus verschiedenes und gegnerisches Du und Ihr auf.

in / ein等を除けば  前綴r  動詞不変化詞というのは前置詞と同形であるが、同形なだけで全くの別物である。広く言うと、ドイツ語に於けるSynkretismen同形異義語。同形異義語大変なん全然日本語だけちゃうぞ)という大問題の1つ。「auftreten」では副詞のaufの「… 等々」という内容意味が主役であって、tretenが機能のみ残された脇役。これが理解できるのは学習10年目でもやっと。か、一生理解しない。同形になってなければ、

  • […] so kommen sie doch durch »den gesunden Sinn des Volkes« bald wieder obenauf.

という風に、これ副詞やん!!ってことが見えやすい。

で、何でこんなにFVGが多いのかという事だが、それは、何故こんなに異なっ(て分類されている)た諸現象を本記事がFVG扱いするのか、ということと卵と鶏である。現代ドイツ語の真のオリジナリティとして、再帰動詞/代名詞という言語戦略があるが、他に真オリジナリティのめっさカッコいいやつ、それが枠構造である(この ↑ 文が枠構造見えやすい)意味内容が影薄とはいえシンタクス上はすべての中心に座す定動詞、これが、必要な結合価たちやAngabeたちを召喚して、必要な配置に並べる(ドイツ語には厳格な語順規則が何通りも有る。最低限以外ほぼ一切教わらないし、教員もフィーリングの域を出ていないようだが)。この命令セットアーキテクチャの主要形態特徴が枠構造である。それが、

  • so kommen sie doch durch »den gesunden Sinn des Volkes« bald wieder obenauf.
  • dass sie doch durch »den gesunden Sinn des Volkes« bald wieder obenauf kommen.
  • so würden sie doch durch »den gesunden Sinn des Volkes« bald wieder obenauf kommen.
  • so kamen sie doch leider nicht mit mir XXXX.
  • so werden sie doch durch »den gesunden Sinn des Volkes« bald wieder obenauf gekommen haben.

と様々なバリエーションを繰り広げる。枠構造と言って愚直に枠を取る訳がない(欧米言語(印欧語族全体?)は愚直を避ける。だから(数々の)代名詞が有る。だから日本語には代名詞が無い=要らない)。文豪の文章も枠構造の賜物である。そういった明瞭極まりない文特徴だけでも知覚しているかどうか日本人は怪しい。近現代ドイツ語の本質が枠構造(Satzklammer)であることがリンク先通り共通認識である中、日本では、例えば牧野紀之が、枠構造を軽視蔑視している(『関口ドイツ文法』1431頁)。そういった人物、他にも、本多勝一を「本田勝一」と平気で書き間違えて(同1438・1540頁)放ったらかしにしておけるデタラメな売文家が、実に、ヘーゲルの紹介者をやっているのである。ドイツ語の最深層部でその底をさらに掘削してドイツ語の可能性を限界まで溶融していたヘーゲルのような文章家を、よりによってこいつが、長年・心からウレシそうに、紹介しているのである。牧野-関口信者がドイツ語学習上級者の大多数(全員か?)を占めていることに疑いがない(知らんどうでもいい)。この意味でも、日本でのドイツ語受容が今後下落の一途を辿るようであることが懸念される。

そんなことよりも「懸念される」ってな日本語がゲロきもい問題のほうが関心あるのだが、そんなんはどうでもいいとして、枠構造の強固な構造化を記しておこう。この記事の冒頭に見るように、枠構造というのは、定-助動詞相方の本動詞(の不定形か分詞)で作り:

  • so würden sie doch durch »den gesunden Sinn des Volkes« bald wieder obenauf kommen.

従属させる接続詞文末定動詞で作り:

  • dass sie doch durch »den gesunden Sinn des Volkes« bald wieder obenauf kommen.

するのだが、さらに定-述部動詞補部(complements)ででも作ると見れる:

  • Daher mischt sich der chinesische Staat so sehr in die Familienangelegenheit, […]
  • Der Mensch erfüllt erst damit vollständig seinen Beruf, […]

ましてや定-機能動詞本体句となら尚更そうである。

  • Niemand komme mehr um die nötigsten Lebensbedürfnisse in Verlegenheit.

何なら、本動詞を直接修飾する副詞(manner adverbials)(に関してはこの記事も参考)も枠構造を作る:

  • Daher erregt sich der chinesische Staat von Zeit zu Zeit auf eine merkwürdige Weise so sehr.

といったことを、前回記事で書いていることと合わせて、「Wein-trinken」「eine-Arbeit-verrichten」「wieder-obenauf-kommen-würden」「sich-so-sehr-in-die-Familienangelegenheit-mischen」「um-die-nötigsten-Lebensbedürfnisse-in-Verlegenheit-kommen」という結合を見る。結合の度合いに差異が有り、強く結合している2者間には、定形中置の助動詞も割り込めないことが有る。そして、こういった、枠構造を成すための諸結合には、1格主語の居場所が無い。枠構造構造化というドイツ語構文法の深部では、主語というのは、要らんやつなのである。

手をつなぎながら

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