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しばいてくぞ

副詞を制する者はドイツ語を制す (1) 二度と逐語訳すんな

ドイツ語を左右するものが副詞の使い方だということを誤解させる役割しかない無価値本に、『ドイツ語副詞辞典』(白水社)というのがある。この本がやってるのは、増やせばなんぼでも増やせれるドイツ語の副詞的語彙をひたすら集めてきて珍しがるという純然無意味である。ドイツ語では副詞が言表に際して決定的な枠割を果たすが、それは、こんなものもあるあんなものもある語彙が沢山^p^という事ではなくて、他の言語なら別の手段で以ってする文法上の仕事をことごとく副詞にやらさせるという事(次の次の次の記事で見る)なのであって、コトは語彙の問題でなくて文法の問題である。といったことを、こういう愚昧本が、どうでもいいトリビアなほうにばかり目を向けて、見えなくしてしまう。ただ、こういった本、日本での外語学習のドン底状況(次の次の記事でもうちょい論じる)を象徴することだけは、出来ている。

では副詞は何をしているのか?しかし誤解解除から出発するのだから、何をしていないのかをまず説明していかないかん。だっる

大前提で断っておくが、「語」というのをそないに見ても仕方がない。根性で「語」にカジり付いてたら意自ずから通ずってな信仰をやめい。語を凝視すな文全体と文脈と発話空間の意味磁場全体から、相手が何を言っているのかの言表生成現場にまで達せい

Haben wir heute eine Antwort auf die Frage nach dem, was wir mit dem Wort »seiend« eigentlich meinen? 

(Martin Heidegger: Sein Und Zeit, Max Niemeyer Verlag Tübingen (1967), S. 1.)

なんてのが有ったら、ドイツ語とはこういう日本語にするものなのだという教条信仰に貫かれているお前たちは、脊髄反射

我々は今日、「存在している」という語によって本来我々が何を意味しているのかの問いへの答えを手にしているのだろうか。

と「訳」す。
これをなぜ誰もおかしいと思わないのか。なぜこれを放っておく?なぜこんなことになったの?

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なぜこのような「日本語」(だとして)にしてしまうのかと言うと、ここで徹底的に可視化してあるが、ようするに、訓読をしてしまうのである。訓読という伝統の延長。書き下し文でしかない「訳」をするという習慣の成れの果てが上記ハイデッ…もとい〈日本ドイツ語〉節なのである。つまりこうしてしまっている。

Haben wir heute eine Antwort auf         die      Frage    nach ……

持ツ    私-タチ 今日  1ツノ    回答 ~ヘ向ケテ(ノ) 特定ノ 質問・問題 ~ヘノ 云々

そしてまさに訓読してしまっている、いわゆる「後から読んでいく()」:

Habenニシテイルノダラウカ wir heute eine戊– Antwort aufヘノ die丙– Frage nachノカノ dem, was wirmitニヨッテ2– dem Wort »seiend«トイウ eigentlich meinenシテイル

いま、言表生成深層で何が起きているか、つまり相手が何を言っているのかの地点に達すると、

何か物事に関してそれが「有る」などとふつうに言ってる。で、それで何を言いたいものなのかeigentlich)となると、分かっとんのかいな。

といったものが見えるはずである。注意ポイントというかいったものは一杯あるが、本記事では特にそれを副詞に絞って見て行く。だから„eigentlich“を どう訳す じゃなくてどういう日本語で考える、…でもなくて、„eigentlich“で何を言ってるのかの地点にまで達しようということである。で、とどのつまりそれは日本語でのどんなものと照応していると言えるかという事である。それは、文末表現に照応している。ドイツ語が「副詞」(Partikeln)でやることを日本語は文末でやる、おおむね

次回の記事に続く

 

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