地上最強のブログ

しばいてくぞ

勘違いすんなよボケ

このブログでは様々なアホを愛でており、アホと低能とヒトモドキの網羅収録ぶり性では世界に冠たる日本一であるが、このブログではただ1つのアホしか取り上げておらず、アホとは、全体の中に置いて事象や物事や事物や事績や酢豚を見ることが出来ず、てめえの貧相なオツムで勝手なイメージを勝手に捏ねくり出して存在しないモノを勝手に虚妄し出すアホである。

例えば「才能()」や「素質()」が存在するらしい。自分にはそれが無いから努力せんでもいいらしい。世には「天才」を褒めちぎる奴という想像を絶するアホがあるが、こういう偶像崇拝のアホどもをピラッミドの底辺と頂点として、人間の「生まれつき」を信じる教の経典を日夜勤行読経するキチガイ癲狂集団が7000兆人ぐらい有る(←人間と思えないので「居る」とも言いたくない)。そういうアホたちが例えば

天才を考察する―「生まれか育ちか」論の嘘と本当

天才を考察する―「生まれか育ちか」論の嘘と本当

  • 作者: デイヴィッドシェンク,David Shenk,中島由華
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2012/09/01

というような考察の爪の赤でも前じて飲めば何か理解しよるだろうか。とりあえず、読め。お前だよ、「遺伝(子)」だとか「血筋」だとか「家系」だとか「親ゆずり」だとか「持って生まれた〇〇」だとかなーも考えずにホザいてる、そこのお前だよ。

「生まれつき」の何かが宇宙にポンと有ってそれが分割不可能の絶対個人に成り成りて成り上がってハアー天才偉人英雄将軍…といったたぐいの空虚無内容のアホ妄想をええかげんやめてさらせボケども。

さて本題だが、類書たる

超一流になるのは才能か努力か?

超一流になるのは才能か努力か?

  • 作者: アンダースエリクソン,ロバートプール,Anders Ericsson,Robert Pool,土方奈美
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2016/07/29

など、「1万時間」説を額面通りに受け取らないようにという注意を喚起して練習量の意味を改めて呈示していたり、(ボディメイク界ではとっくにジョーシキ当たり前の)限界突破原則を前面に打ち出していたりと、読むべきところがあるにはあるが、前掲書と同様に、結局、スンゴい人間ということで技術や技量しか見ていない(本当に全くそれっだけしか見ていない)。アホの1つ覚えでアイシュタンやモーァルトが出て来るが、こいつらの業績にキョーミが無い者からしたらこいつら「一流」たちなど、ウンコカスである。モーツァルトに感興できない人類は存在しないが、それ以外の音楽人なら如何ほどか。パールマンが挙がっていた気がするパールマンなど《ぼくには退屈すぎる》。そう、ギレリスだろうとカラヤンだろうとこき下ろしていた文章人が居た。

自分にとってそれがイイかワルイか効くか効かないかで受容するという、まごころ本心からの素直で一本気な受容姿勢からしたら、社会上評価や世間内地位やコンテスト順位やスコアや記録や受賞歴()が物理的・定量的・物々的に高い多いだけでどんな奴でも一辺倒に素晴らしいサイコー天才研究したいと誉めそやす上掲アホ本のような物言いは、全く純然のクソ無意味である。

一流のテクニック?そんなクズは聞いとらん。「歌唱力www」ww だからどうした。それの番付上位100位内の全員、聴いてクソ退屈なんだがな。上掲書に「フランクリン」だとか科学者だとか出てくるが、そんなウンコども一生読まんし用がない。こちらには、一流でも素晴らしいでも何でもない。

自分にイイものはイイ、悪いものは悪い、そこに技術など記録など評判だの支持層だの順位だの「驚異的」だのSランクだの、すべからく「一流」だの何だのいう与太話クソ話は、全くぜんぜんひとかけらもカンケーない。最高の業績を上げて歴史に残る名声に包まれている連中から現今のトップ層まで、そいつらが感動につながらないなら、なんぼご立派だろうが私にはクズであるし、逆に、下手でも凡庸でもアマチュアでも無名でも下のほうでも何でも、感動させてくれるならそいつだけが居たらいい。感動させてはくれない最高の一流たちには謹んで機銃掃射を見舞えばよ … のではなくて、てめえの感性てめえの感じ方てめえの人生でもって受容しはしないで、世間が高ランクにしている連中を無反省無吟味脊髄反射で賛美しているヒトモドキのアホどもを粛清一掃したらよい。

初めての星

初めての星

  • NMB48 Team N
  • 発売日: 2017/07/04
  • メディア: MP3 ダウンロード

例えば私はIQ5000ある。IBTSの理科V3類を偏差値255で首席して、TOEICで1億点をたたき出した。テニスラケット160kmという剛速球だし、高飛びは隣国までという記録保持者で、42.195kmより1kmも長く歩いているし、100mを1秒で数える。800光年離れたゴールにダンクを決めるし、デボン紀後期からの不眠記録で「猫のために」を弾いていて、歌声は「倍音()」の伸びと絶対音感がブラジルの人にも聞こえる。アンドロイ・ドロンと小野芋子を足してトンカチで割ったようなイメケンである。飼っている猫に「犬」という名前を付け、飼っていない鳥に「猫」という名前を付けて、飼う予定のパンダに「クラゲ」という名前を付けた訴状で、ノーベル団体賞を84年間授賞している。毎年顧客のニーズに合わせた最高のビジネスクラスを提供して、72の賞を獲得している。

ところが、こういったものもすべて、ただの技術のこと、物々的即物的評価的なものにすぎないのであって、残念ながら、このブログのように、卓抜で秀逸で鋭敏で独特で報復絶倒でちんこぼっきぼきの文章を最高に読みやすい文体で綴ることしか、出来ていない。

そんな私はかつお漁船を3時間で沈めるというチェスの王者でベンチャー社長だから、次のような格言を残すこととした。

よく、特に「洋」「書」に多いが、著述家や思想家ではないところの偉人だの芸術家だの巨匠だのから格言を引用してきて悦に入るアホが居る。言語や思考の専門ではない人から言語や思考上の事柄である名言を引用してくることがカッコいいと思っているのだろうが、とんだ的外れである。これは、下着や飲料の専門家でも鑑定家でもない球蹴り選手や球投げ選手や野球人や或いは芸人やモデル死にかけ人形がコマーシャル上でパンツやビールやパンツに喉を潤したり感想言ったりするのを真に受けている一般人、マーケッティングのカモたる一般人(アホと読みます)と同レベルの愚昧愚能である。企業人や建築家から思想系の寸言を引用するのも、館長や代議士先生だから抜群の蘊蓄が有ると妄念するのも、タレントが付けてる再生機を買おうとするのも、すべからかく、ハロー効果で踊らされてるアホに過ぎない。

「瞬発力」など無い

ここで詳論したように、人体で最も目に付く特徴は後足+臀部つまりが霊長類中とりわけ発達しているという事であり、人間とは脚動物である。実に全身筋肉の6~7割がの筋肉であり、何「力」でもいいが体のチカラの源というのはこれはなのでありにほとんどが宿るのである。(考えてみろ、大胸筋や広背筋がなんぼのもんだろうと所詮胴体という内臓容器にへばり付いた薄片にすぎない。一方脚は全部が筋肉の塊である。)あまりそう言われないのは人間が上半身を偏重し偏愛してしまうサガだからである。で、ボディメイクだが、人体の有意に目立つ可変部分(有意に目立ちはしない可変部分のことは言ってない)が骨格筋だけである以上、カラダづくりとは脚の筋肉を増やすことが当然メインとなることにしかならない。といった点からも、体幹()」なぞとかいうアホな流行がアホで的外れなものでしかないことが、よく分かる。

 

以上前置き、以下本題。

 

この記事でこのように述べている:スポーツなり格闘技なり力仕事なり白兵戦なり狩猟なり農耕なり何でもいいがほぼありとあらゆる人体筋力必要場面に於いて、出力というのは、可能な限り多数のの協調協働によって発揮するものである。この際、可能な限りヨリ多数の筋群を可能な限りヨリ小さい時間量で動員できればできるほど、ヨリ「チカラ」が「強い」ということになる。力の強い弱いというのは、全身骨格筋のうちのどれだけ多数をどれだけ短いコンマ秒でどれだけ当該目的行為合致的に協働収縮させることができるかどうかのその技術・技能である。

つまりチカラとはすべからく瞬間的可能最大発揮(可能最少時間内における可能最多数筋群同時動員)であって、すべからく瞬間の事柄であって瞬間的刹那的出来事であって、そこに「瞬発」力も「持久」力もクソもないのである。

アホは「パワー()」と「スピード()」とほざく。パワースピード、「と」の使い方からして間違っている点はまだ見逃してやるとしても、「パワー」「と」「スピード」の違い(?)など・区別(?)など・対立など無いということだけはアホどもの耳に怒鳴り込んでやらなければならない。「パワー」が対象物体人体への作用量であるなら、それの原因がスピードであり、いやむしろ、どちらか片方が有って初めてもう片方が有るというのが両者であり、パワー(=スピード)とはスピード(=パワー)に他ならない。そんなことはマンガにも書いてあるようなお話だ。あ?! それも知らんかったて?どこまでアホなん?

しかるに、いわゆる筋力たる筋力もまた、スピード仕事である。どれだけ速くどれだけたくさんを動員するか。つまり力とは全部瞬発力であり、自明言わずもがなであるぶん「瞬発」が余計である。

じゃ「持久」「力」が何なのかと言うと、それは「力」ではない。

持久力とは、特定の筋力発揮行為を/どれだけの一定量時間/どれだけの一定回数反復することが出来るかの定量であり、本来は労働の話であり、「瞬発力」「持久」「力」とは、やはり「と」で結べるものでなく、こう並べてお前らはいわば毛布の手触りニシンのパイの食感を並べ比較しているに等しい、そんなアホなのである。両者 全くの別物だよバカ(しかも上述通り前者など存在しないのである)。

労働だから、「力仕事」など幾らしても筋肉などぜんぜん付かない(戻るだけ)のだし、労働だから、あらゆる有酸素運動が筋肉減らしてダサみっともないカラダにするためだけの「運動」モドキなのである(逆の、筋肉増やしてかっこいいカラダにする「運動」となると、それは、アイソレートした特定筋の瞬間的可能最大発揮を高強度に行うという運動以外には存在しない)。労働は効率と環境適応の問題である。ボディメイクは効率と環境適応が最大の敵である。

サイコキネシスの可能性

サイコキネシスの可能性

  • 乃木坂46
  • 発売日: 2014/04/02
  • メディア: MP3 ダウンロード

しかしお前らは想像するのだろう、ボクサーのパンチが「瞬発」的で寝技の攻防が「持久」的だ云々云々云々云々云々…。いや、どちらも同じである。問題は後者だが、どれだけ「持久」的に筋力を行使しているように見える一連の運動も、都度都度の力の発揮は瞬間の事柄である。どれだけ、何かを動かすとかズラすとか支えとくとか押さえ込むとか持ち上げるとか勃起するとかぱんぱんするとかいうモノとしてイメージされるところの「パワー」が問われているかのような場面であっても、その「パワー」そのものは瞬間的に出て瞬間的に消えているのであり、その表出においては、常に必ず永遠不変の必当然的明証的に、飽くまで悪魔で、瞬間的発揮が問われているのである。

結局ぜんぶ刹那の事なのである。

しかしスピード選手とかあるじゃん…云々とお前は粘るだろう。それもしかして、フットワークのことか?このブログで1億回言ってきたようにアホとはものの区別ができないのだからあくまでものの区別を教育してやらないといかんからそうするが、フットワークとは複合現象であって、スピードでもパワーでもないしその両方である(上記文章読め)筋力発揮の個々によって構成されている複合現象であって、それは、「スピード」を語る何かではない

とぼけるのを止めてお前らに付き合ってやると《フットワークが速い》的な何かを「スピード」型的な何かと言いたいのだろ。まずその「スピード」はたった今述べたように個々の足踏みのことであって全体現象「フットワーク」を指してはいない。また《フットワークの速さ》は要するに体運びの巧みさだがそれはもはや複合複雑現象であって「速筋」だの何だのいった個別単純事象からは説明も解明も習得もできない。フットワークが相手に「速」く見える(実際に人体(部分)の何かが実際に速いとは言っていない)ようになるという技術というレベルの話だ。筋肉の話では、まったくない。少なくとも、個々の筋力発揮という技術をいち構成要素としてその他数々のファクターと諸技術との複合統合によって実現する結果ファンクション結実実現が、体捌きだ、ということが確かだ。それの技術と筋力発揮の技術はちがう「技術」だ。筋群動員「スピード」と喧嘩の「スピード」は別物の「スピード」だ。語が同じ(になってしまっている)だから同じことを考え同じものをイメージしてしまうというのがバカの最たる特徴である。

では軽量選手と重量選手の違いは?と言うともう十全に明らかになっているのだが、アホは食い下がるだろう。まず「フットワーク」。同一の速さによる動き回り運動を実現するには、体重があるほど脚の筋肉量筋断面積がごっつ必要になる(このリンクは切れなかろうが一応予備)。体が大きい分脚が太い、では、少々足りなかろう。よって体重が軽いほど体移動が速い傾向(のようなもの)にありその逆ほどその逆の傾向(のようなもの)にあるのは当たり前である。

しかもただの「傾向」、巷間でトーシローがイメージしてるだけのイメージに過ぎないようだ。ごっつ筋肉量があり筋力発揮が出来れば誰でも速い。重量級軽量級の「スピード」「差」など話しても仕方がない非話題非存在なのである。

(そう、例のト〇ンクスの件は、誤解であるどころか事実の反対を描いた悪質なデマ拡散行為であり、漫画家が無知と空想とヒューリスティック的想像夢想空想だけで人体運動人体機構を描いていることの分っっっかりやすい証拠である。ただ、凡百漫画家が人体に関してトンデモを描いても当然なのだから実はそれを取り上げても大したことではなくて、実は、凡百でもなさそうなごく一握りもまた、問題である。そう、昭和の古人連中から令和までの有象無象とは一線を画する一握り少数の現実味有る作風の人体闘争漫画家たちもまた、理解が有るように見えながらもその実筋肉ととくに筋肥大のメカニズムには大して知っておらずトンデモ描きであり大概想像だけで放言している。その他有象無象は言わずもがな、そして文げい表象の世界では有知のケースなど絶えてまったく皆無であり(保証する)、したがって、表象世界においては筋肥大やボディメイクの正確なことをちゃんと知って描けているケースが地球上人類史上存在しないししたことがないしこれからもしなさそうである、と言うことになる。もちろん、増田『果てなき渇望』のようなクズなど論外も論外である(このゴミクズ本は、IGF1を遺伝子とホザいている虚偽記述などだけでクズゴミ本なのではなく、せっかく遂に出た日本のボディビルのドキュメント本でありながら結局旧態依然と求道くっさいザ日本ボディビルというただの平成版武士道に著者1人が1人で勝手にウカレているというアホな点や、本自体はボディビルに無知な素人のちょっとガンバった取材記と片付けてまえばいいだけなのにこれぞ初の本格的ボディビルドキュメントだと誰1人疑わず読者全員が聖書扱いしているキチガイ受容状況がキモすぎる点や、書かれた当時にはボディビルが体育会臭くてむっさいものというガラパゴス日本の土人たちの勘違いがその日本に於いてすら流石に島国内限定勘違いだと一部には理解され出していて世界のクールでかっこいいボディビルの風景がネットでばんばん見れていたというのにそれだというのにまさしくそのダッサむっさい似非ボディビルしか見えて来ないという点など、数々の点で是非書かれてもらいたくなかった(し信者がキモすぎる)愚作糞作である。取り柄として、岩間勧氏らしき人物を取り上げている箇所ぐらいしかない(特に、氏からのものと言う書簡の内容が感動的))。そして表象での描かれ方や解説を頼りにトレーニングに励むアホたちは一生ダマされ続けるのである、しかもその数が少なくない…。ボディメイク絶望社会。)

さて「スピード」型らしき軽量級らしき何かと「パワー」型らしき重量級らしき何かのと「フットワーク」がどうのこうのの話らしき何からしき何かをしたから、次にパンチ等の打撃の威力の違いになるが、上記より、パワーある打撃は同時にスピードがある、両者別物ではない、また、伝わる威力は大部分が体重の問題である、おわり。… やはり、「スピード」や「パワー」や「瞬発」や「持久」や「速筋」や「遅筋」や(ここまで幼稚な話は流石に誰もしてないのは分かってるが)といったハナシではない。

こういった(非)話題について無知とヒューリスティック的想像夢想だけで喋るのを金輪際全人類がやめろ。

孤独なバレリーナ

孤独なバレリーナ

  • SKE48(teamK II)
  • 発売日: 2012/09/14
  • メディア: MP3 ダウンロード

現代日本語講座(20) ~もうすぐ夜明けが来る~

 

前回の記事から

oであって、例えば「会議踊る」「郵便配達二度ベルを鳴らす」といったアホ丸出しのバカ「日本語」(だとして)を見ても誰も何も感じず云わず訊かず捥がず浴びず転ばず喘がずのほったらかしであるというの惨状を見るに漬けてもそのことが明白に明きらかに自明である。
 「会議」「」:何の会議だよボケ、いきなし「会議」「」言われて「」もクソもあるかボケあほんだら。
 「郵便配達」「」:このクソ「日本語」(だとして)によると郵便配達員というものは「ベル」(←骨董品)という物体を2の回数鳴らす存在者であると定義されてしまう。
 これらのクソ「訳」文の原文自分で分かることだからいちいち挙げないが定冠詞付きである。他にも動画の題などの《犬はプールにとびこむ》式の気色の悪いアホ「訳」文も無冠詞とかである。だから元はどれも「会議というものはすべて」「郵便配達というも…」「犬という…」「山椒魚とい…」という定義文だったのではないのであるが、ところが、ハイ文ハ「なになに」カラ始メマスという植民地 教育 洗脳で染まってるアホは、こういう実情の5000分の1ミリも知っていない。想像できない。考えない。物が分からない。いや、知ってようがいまいがこのようなクソ文は一見してゲロキモいクズのクズであり、日本語のふっっっっつーの語感があれば何かおかしい何かキモい何か歪んでるちんちんが痒いと0.001秒で気づく勘づく事である。
 のに気づかない勘づかないのですわという程の末期症状アホ(100億人以上居る)が、文豪だの著作家だの認知されてみたり、《美しい日本語^q^》などと酔っぱらって見たり、憲法や法律やニュースの~式異常キチガイ日本語を正式な日本語と錯覚したり何なら教育したり、今どきの若者の言葉は…とホザいたり、大丈夫です。

バラの儀式公演09 ときめきアンティーク 一般発売ver.(Dvd付)

ときめきアンティーク 一般発売ver.(Dvd付)

  • AKB48
  • 発売日: 1970/01/31
  • メディア: CD

 340年前の夏に土足たちと「支持する会」を結成した「筆者」の身体とともに乙種合格の報に搖れられた申種が/に/で/を合格したノペッッとともに嵩校を出奔しされた全然と合流するハンディキャップを負ったパートナーがジャングルの奥で獲物を締めている様了に関しては、塩分と塩「の過剰」を摂りすぎたからグラニュー糖「の過剰」を静脈注射すると、雨に濡れた自転車のサドルだけを拭くという意味不明なことをして何かをした気になれている人間を見て人間 とは頭隠して尻隠さないアホ動物であることを認識したさせられた土足の身体は「筆者」の身体のただちの退出の証明を欲望した。

 こんなに切ない朝が来るなんて今まで予想もしなかった。

 我々は君々と朝早く辺りからベッドの上で自己責任されることによって、領収書を自己責任していた蟒黽の自己責任の「過剰」の「まなざし」によってまなざされる絶え間ない「身ぶり」反映されていた。
 私々は自己責任で肉体間係を結ぶと、身体関係が結ばれた自己責任は、波女の身体が目当てだった週末から週始にかけての粉体関係を流体関係と痴き漢えることによって置換なされた明朝体関係は、全体関係と部分主義のフェシズムによって遮られた「欲望」の「過剰」は「まなざし」の「身ぶり」を「身体」した。
 お前々々によって我吾に対して仕込み組まれたことによる猫鍋と犬鍋、イルカ鍋とボタん鍋、シャツ鍋と病み鍋、光かる鍋と食べる禍、インテル鍋とサムスン鍋、羽毛布団と紙やすりによって、「過剰」だった。
 「アホはすぐ「乱射」と書く。べつに全然「乱」れて銃撃しているのでも何でもなくても、
 加害者が銃類を使用したら決まって必ず「乱」「射」と書く。そうして、Wiki記事執筆のアホどもには、犯人がどのような姿勢でどのように沈着に狙い定めて銃を撃っても「乱射」したことになる。Wiki記事を書いているアホの低能どもは「乱射」という日本語しか知らない。
 このバカの1つ覚えはどこから来るのだろう。いやバカに尋ねられうることなど何も有りうる得ないだろう。バカはまさしく丁度そのバカであることによって、神々と「自然」が定めた運命によってそれが可能でなくなる日まで、バカを繰り返し続ける。そうして、バカでアホでマヌケでヒトモドキであることを証明し続ける。」
 その翌日の翌日の下旬、ホッデンンたちによって自己責任定食が欲望されたことによって、ホルモン焼きやホルモン巻き、男性ホルモンや慢性ホルモン、環境ホルモンや陽性ホルモン、年金ホルモンや終身ホルモン、爪切りホルモンや流体幾何学が押仕出される「身振り」によって客入りの「過剰」を特徴付けられる割亭への場と弁(わきまたう)の「まなざし

言霊砲

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 」は、場の身体を刮烹へと「挑発」する「こころみ」によって欲望の充足性を目の当たりにされた性。
 搭乗口へと急いでいた大体は、搭乗口へと急いでいなかった6人の乗客が乗船する前にも「乗」客であるのか、「乗客が6人乗船する」という正しい日本語がなぜ喋れないのか、犯人は「男(仮名)」や「女(仮名)」や「警察(仮名)」や、大丈夫です。
 「自分がダラシない不摂生をしていたいものだから環境問題論や環境運動や環境団体にケチを付けているアホ、
 自分が(何が何でも乗る必要があるのではない)大気汚染ガス排出自家用車に乗りたいものだから温暖化否定論にウレシがるというクズ、
 自分が食べたい(バカな)ものを食べていることを正当化したいものだから「健康観」にケチつけたり〇〇食品を揶揄して留飲を下げているというゴミ、
 とにかく自分がアホな生活スタイルをしているのを正当化して弁護したいからこそ世の《意識ある》姿勢や運動や思想ことごとくに反対しているという見下げ果てたアホども、
 こいつらは、自分がモテないことのヒガミでフェミニズム等々々々にケチを付けているアホと同等のアホにしてヒトモドキである。
 なおタバコが有害か無害かはクソどうでもいい話である。お前の健康なぞどうでもいい、ケムリ出すな。おおそうだよ、たばこは無害で健康にもいいから、その通りだから、お前はビニール袋かぶって喫煙しろ。」
 土足とともにノペッッとともに場の自宅で「過剰な」自己責任にふけっていた罪状で黙秘権を案件された企業立件についての全然の参与によって「期待される」「ジョーク」に「ショックを受けた」ハンディキャップを負ったパートナーは、「ショッキング」な「ジョーク」に「ショックを受けた」人々を見る会の応長に就いた「ショッキングな」一日のことが忘れらない。
 「あの日私は「ショッキング」な体験をしました。彼の「思いやりに欠ける」「ジョーク」に「ショック」を受けた私は、公園でハトやカラスや山姥に工サをやるという条例違反者たちを摘発されたことに「ショック」を受けた妻で救急車を運ぶと、
 この世のすべてが「悲し」くて心配だというバカがバカが昂じてしまいには太陽は暑くないのだろうかなどと心配し出して、
 国や世代やグループや流行をすぐ終わらせたがる・滅びさせたがる・「全盛期()」を過ぎさせたがる衰亡大好きバカを滅亡させるために
 彼の「ジョーク」に「ショックを受けた」。不破北斗がベスト。
 次に私は大理石の噴水から噴き出す大理石をk

次回の記事に続く