地上最強のブログ

しばいてくぞ

何が好きかじゃなくて何が嫌いかで自己紹介しろ

 

クソ与太話するぐらいなら否定のほうがマシだという話。

 

誰も考えたことがないことだが、「語」(という無意味な分類)の語義はだいたいは否定で考えてみるとわかりやすい。「mindestens」が「~ならある」、「hätte nicht getan haben」が「~してしまった」、「müde」が「もうデキない」、こんなことぐらいなら分かるだろうが、もっともっと広範に何でもかんでもそう考えてしまうのである。極端に言えば、Meerを陸ジャナイ所、Landを海ジャナイ所、と定義していくということにもなるし、それはそれで別にいいのだが、そこまではいかなくとも、理解上の便宜でこういうことをしてみようということだ。

試してみよう:

Die Probleme, vor welche ich gestellt bin, scheinen mir von so radikaler Wichtigkeit, daß ich beinahe jedes Jahr ein Paar Mal mich zu der Einbildung verstieg, daß die geistigen Menschen, denen ich diese Probleme sichtbar machte, darüber ihre eigene Arbeit bei Seite legen müßten, um sich einstweilen ganz meinen Angelegenheiten zu widmen. Das, was dann jedes Mal statt dessen geschah, war in so komischer und unheimlicher Weise das Gegentheil davon, was ich erwartet hatte, daß ich alter Menschenkenner mich meiner selbst schämen lernte <und> immer von Neuem wieder aus der Anfänger-Lehre umzulehren hatte — daß die Menschen ihre Gewohnheiten hunderttausend Mal wichtiger nehmen als selbst — ihren Vortheil…

(Nietzsche, 1886,5[21])

 

(俺の考えてることはハンパじゃないから、こう言いたくなるのも稀ではない:それを考えないで済まないはずの奴らが何食わぬツラで平然て生きてられるのは、全然考えもしないでひたすら逃避しているからだ。げに、本来考えていないといけないことを、ヒトというサルは、ゼッタイに考えようとしない。まともな者が、絶えておらん。だから、もう、こっちのほうがマチガっているのではないのかと疑っていたぐらいだ。しかし人類猿はあいも変わらず、比較を絶してクソどうでもいいことに必死になって、真のモンダイを無視し続ける。)

忘れんうちに先に註しておくと、

チューしようぜ!

チューしようぜ!

文中に「was … dass …」というのがあるが、こういう「疑問詞+dass」という構文は、「what 〇〇 think is …」みたいなもので、「〇〇がXXするところの□□」という挿入表現、dass~トイウ風ニナルト私ガ思ッテイタトコロノ事を意味する構文であるが、ただ、(それならおもしろかったのだが、)ここではそういう構文になってはいない。そうではなく、ただのso … dass …構文。

さて原文を考える上で、訳文に見るように、平叙を否定に反転してみると、わかりやすくなる。全体に接続法第II式的表現なのだからなおさら反転が意味を成してしまう文章なのではあるが、そういうものでない場合にも、表現は反転さしてみたほうがいい。ヨリ理解につながる。いつもの:

Was soll nicht alles Meine Sache sein! Vor allem die gute Sache, dann die Sache Gottes, die Sache der Menschheit, der Wahrheit, der Freiheit, der Humanität, der Gerechtigkeit; ferner die Sache Meines Volkes, Meines Fürsten, Meines Vaterlandes; endlich gar die Sache des Geistes und tausend andere Sachen. Nur Meine Sache soll niemals Meine Sache sein. »Pfui über den Egoisten, der nur an sich denkt!«

Max Stirner: Der Einzige und sein Eigentum

 

(自分に関係していいとされることは、自分に関係のないことだけだ。社会のルール、政経おクニ日中韓、グローバル()どーのこーの、アホの「グローバル」、バカの「グローバル」、笑止高齢、挙げ句には、何を思っていいかのコンプラまで規制規制。なんかやったらbanされる。しかし俺のことは俺のことでしかない。誰も俺の人生は生きない。そして 自分の人生を生きる自分マンは、社会から村八分にされる。)

注しておくと、「Was … alles」がwasの複数形、そこにおる「nicht」は意味がない中身ゼロの否定辞。

 

さて、否定という話をしているのだが、否定と言えば、文章論を離れて、否定すること自体は、中身ゼロの無意味行為である。否定してそれで(sondern)ナニが言えるのかを提示しないと、何にもならない。いくら否定をして文句をぬかして罵倒して中傷して、書き込んでるバカが知ったふうな口をきくバカ書き込みをしても、否定しているだけなのなら、ゼロにゼロをかけゼロを足しゼロを引いているだけにすぎない。その言葉がどれだけ傷つけるものであっても、気にしなくてよい。無は無にすぎない。否定の上で、その上で じゃあ自分なら何を言えるのか・何が出せるのか・何を加えれるのか・何をしたのだろうかという実のある実物を提示しないと、意味がない。ゼロがゼロであり続けるだけだ。それも、相手がやろうとしなかったことをあげつらい引っぱり出してきてコウスレバヨカッタノニ話を決してしないこと!!!そういうことをホザき出すアホのカスのヒトモドキのクズは、否定だけする奴よりなお悪質だ。その可能性は採られなかったところの、考えた末選ばれはしなかったところの事をウジウジぐちゃぐちゃどないこない言う奴は、一切何をも理解していないクズのゴミだ。そうではなく、相手を否定したのなら、自分という特定一個人一身がそれでは何を提示できるのかということを言わなければならない。自分ならこうしたと、自分の顔も名前も出して言う。その責任が負えるのなら、何を言ってもいいだろう。いくら否定してもいいだろう。ゼロでしかない否定のその先の実数・実話・実のある話がちゃんとあるのだから、ゼロがゼロでなくなり始めれているのだから。そしてそういうことが出来ないのなら、ダンコ黙れ。ゼッタイ喋るな。書き込むな。世にばくぜんと「アンチ」と呼ばれてるカスどもは、こういう否定しかできないヒトモドキのアホどもである。

ということで否定自体は絶対にゼロなのでもない。否定にも効用があるっちゃある。そういう話。

 

の116頁にも書いてある(というか引用してある)が、自分はこんな人ですぅと述べる時には自分はこんなん好きですぅという慣習になっている。アホどもがお花畑を咲かせ合うちゅうこっちゃ。

友達の友達はクソなものだが、友達の好きなものもこっちにはクソどうでもいいものだものだ。まして赤の他人 アホのボンクラ あそこの毛の趣味や好みなど 知ったこっちゃあるかボケ。

それがこちらと共通したとしも、虚しい。おうおうにして、「同」じ「好」きなものと言って同じものはからっきし見ていない。おう!!!「映画」が「好」きなどと言って、こっちと相手で観てきたものもジャンルも一致することがまず全然ゼッタイ無い。こっちもあっちも映画好きなのに、ぜんっぜん話が合わない。必ずそうなる。一事が万事そうだ。ちょっと行ったことない山の話されると、登山が共通の趣味である意味など無くなる。iPhone 12と言ってPro Max買ってる自分はmini買ってる阿呆と話すことなど何も無い。いや同一物所有しても、用途がまるで違う。そのモノに認める価値とそのモノの認め方がまったく違う。なんで他人ゆうのはこんなに阿呆なんだろう

つまり何が好きですかにが好きですゆうてるのは、放言し合ってる阿呆が乗り合わせた阿呆船のあーでもこーでも放言会風景でしかなく、意味のない与太話に花咲き頭沸くばかりなのである。その平和平和したボケかましたほんわ~空気では、ほんわ~がほんわ~してほんわ~するだけで、なんにもかんにも出て来ない。

少なくとも何かしらヒートしているほうがよっぽどかいい体験になり最低限体験にはなる。好きです好きです言ってるだけでは誰もヒートしない。むしろ否定していこう。嫌いなものを挙げていこう。攻撃をすればヒートをしていく。文句を言ってるほうが人は聞く。文句をこそ聞きたい。悪口や愚痴こそ聞きたいのであって、何がイイかなんて お前から聞きたくもない。逆にお前が何かを罵ると、お前がの人間がありありとこちらに伝わる。否定する自分のほうが自分をよくよく語る。

そんなんはおかしい・文句はダメだよと思った者は、別に文句がダメなのではなくて、逆だよバカ問題を理解しろ。何が逆かと言うと、肯定する場面と否定する場面がだ。どいつもこいつも、匿名では、エラそうにトウトウと人を否定し嫌いを吐き文句を連ねてくさる。自分を出さなくていいところでは、堂々と否定的になりよる。一方自分を出さなくてはいけなくて名札も顔も見えているところでは、波風立てず嫌われず安全にしておきたいと 安直無難にも好き好き好き好き話しかしない。何かがイイです好きですと言っている限りでは、誰も怒らせず、責められず、責めを負わず、責任を免除され、【自分】というものの責任から逃げてられる:平和♡ アホウ!!!!!!!そこでこそ、自分を出す責任を負えというものだ。他ならぬ自分を紹介する場面でこそ、自分を最もありありクッキリさせる否定表現・辛辣批判・舌鋒非難・他人攻撃をしてみろというものだ。そうしてたら、誰もお前の言うことを聞く気になる、中身があるんだから。かたや、誰でもなく何も問われずに済む匿名の場でこそ、人を誉めてイイことを書け。何が好きで何がイイかを語れ。何の何が何長所かを滔々と述べろ。ひたすら馴れ合え。祭り上げろ。功績を功績として何回でも確認しろ。表彰しろ。お気に入りつけろ。しかるに、現実は、この逆になっている。

 

PHILIPSのモニター「272E2F/11」(超広角なんかより「ライブフォーカス」のほうがずっと大事だからな)

セブンスコード <Type-A>(多売特典なし)

セブンスコード <Type-A>(多売特典なし)

 

そうか、iPhone 12 Proでも、(ミドルスペックの)Google Pixelのカメラにかなわないんだな:「Yusuke's Tech Room」のiPhone12とPixel5のカメラ比較の動画Google Pixelは ミドルスペックで・3年前のカメラで 最新iPhoneの上を行くということか。

と言っても、このレビュアーは、「5」が安いから飛びついたんだろう(人気物はレビューしとけば再生される。貧乏人が群がる。)。Pixelに好意的とは見えない。なんたって、「4」のレビューがずさん極まりないんだから。褒め倒してる「5」のカメラ性能が「4」を上回るものでないことは都合よく無視かな。

「4」に関しては当時「Gazyekichi VLOG」(ここで言っているように「4」は音量がスゴい。自分はZoom会議で重宝している。)のような好意的なのもいたが、「ワタナベカズマサ」氏が特に好意的だった。何個もレビューがあるが、これなど印象深い。この人は本当に出色のレビュアーで、例えば、Galaxyのライブフォーカス(Live Focus)という(青木歌音も紹介している)超絶機能を詳しく紹介しているのなども珍しい。他に紹介している人もいるが、有名どころではこの人。これは動画の背景をぼかす機能で、(ジム自撮りなどがそうだが)様々な場面で非常に悩ましいものである「映り込み」の問題を解決する最有力の手段だ。おまえボケ映んなや!!!!と思いますよね。なんなら超広角などよりずっと重要で、これこそ各社競って提供し開発しないといけないものだが、何故か知名度なきに等しい。世にはアホの低能しかおらんのか?!

「4」に一番良心的なのは勿論「吉田製作所」氏。ただ、この人ふくめ多くの人が言っている顔認証あって指紋認証ない点は、別に不満ではない。吉田氏はそうでないと言うが 自分なら鼻までマスクしていても顔認証通るし、真っ暗闇でも通るのが最高に助かる。いずれにせよ、Pixelのカメラの真義を説けているのは、別所隆弘「Googleのスマートフォン Pixel 4が切り拓く「カメラの再発明」と「写真の再定義」」だけだろう。

 

本題、PHILIPSの27インチモニター・272E2F/11を買った話。

4K見たらフルHDなんてヒドいよ時代は4Kだよという空気に焦って、さすがに値下がってきて現在3万台~5万台廉価品がDellやHPやLGやPhilipsBenQから出ているモニターを買おうとAmazonサーフしていたのだが(後のフルHDのも含め体感5時間ぐらい …)、あやうく騙されるところで、4Kは文字やブラウザ等小さくなる問題があるし、使ってる廉価マザボだと4Kは30Hzまでしか対応していない。60fps動画見れんがな!!とんでもない話だ。4Kいいよいいよ言ってる奴らは何を考えとんだということだが、思うに、こいつらは文字が小さくなっても大して不便せんのだろう。字などろくに打たんのだろう。また、つべ動画などの60fpsにこだわりも感性もない鈍感人なんだろう;或いは4Kで60Hz出力できるグラボ積んどるのだろう。ウン万円のマザボなんだろう。こういった事情を勝手に前提しているのだろう。これらすべてに反対または相違の自分からすると、勝手な前提で無造作に4Kいいよいいよとホザかれていたことになり、買ったら大後悔するところだったことになる。これが、語りの暴力だ。

とはいえ4Kモニター渉猟で物欲は昂じてしまっているし、そもそも今のモニターを買い替えたくもあった。今のモニターに不備はまったく無いのだが、ただ新しいのが欲しかった。とにかく買い物がしたかった。あともっとデカいの。そうして31.5インチ品を見て回ったところ、このサイズではフレームレス(ベゼルレスとも言うがこっちはスマホに言うのが主なようだ)がやたらと無いのだが、27インチに妥協しさえすれば、何と、冒頭に書いた272E2F/11という4辺全部フレームレス品が廉価で有る!!!それに発売が最近なのがいい。世の中には商品が溢れ返っているので、何を買うにも迷うものだから、買う時の一方針として、とにかく最新のを買うというのを1つ押さえとくといいだろう。根拠は無い。

見つけたのはAmazonマーケットプレイスだが、ググると、マーケットプレイスに出している業者のイートレンド、マーケットプレイス経由よりも直接買ったほうが1000円安い:

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1000円ぐらいの差ならAmazonから買うのだが、今回は方針が方針だ。あのフルHDを!27インチもの大きさを!信じられない安さで!買うということ、それが出来る時代にいることを噛みしめる(噛むなボケ)ことをする方針だ。ヨリ安くないといかん。自分など、小学校の社会見学的ななにかのとき、そう90年代 …、ハイビジョンというのがあるんですよ!というプレゼンに、肝を抜かして精を子、その値段に、貧富の不条理を垣間見た貝合わせだったものだ。そんな記憶からすると、一生手が出なさそうだったもの(720P)よりさらにグレード高いもの(1080P)を数日の日給で買えてしまえるなどという状況は悶絶悶殺ものなのである。買い物というのは、かつて手が出なかった高値の鼻をくじいてやるという報復行為でもある

ということでイートレンドから購入、入会して買って即退会。まあ一生使わんだろう。退会してるのにメルマガ送ってきやがるな。(メルマガなど読んでいる人類はいない。)

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11月4日晩に注文確定、5日に 発送したよメールが来て、今日6日の正午に届いた。イートレンド、迅速だぞ。

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これを開封するとこう:

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アームと土台のネジ止めにはドライバーなどの工具などは要らない:

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手順が間違いで、アームをモニターに付けてから土台を付けたほうがいい。そのアーム+モニターが、ちょっとようわからん。

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アーム側に邪魔な突起があってハマらないかのようなのである。右に見るように思い切り傾けた角度でアームを差し込むと、はまる。突起もどっかにおさまる。

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めでたく立てれるようになったら、先代の23インチ、ASUSのVZ239HRと並べてみる。(この先代より画質がいい。色が深くて鮮明。bilibiliの480pが1080pに見えるが、クソ画質を力づくで高画質にしてしまうわけだ。「ガンマ」を26にすると特にスゴい。黒はVA液晶が一番だというが、本IPSパネルの26ガンマの黒も凄まじい──深海のように深い。深海は深い。

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多少デカい。高さがあるのが助かる。モニターでもテレビ画面でも低いのが非常に大嫌いで、なるべく高い位置にあるほうがいい。低いモニターを作るな。なおこの高さでも十分でない。モニター首を上に多少傾けないと満足に見れない。おそらく、テレビやモニターをい位置で見ている奴は、猫背で姿勢が悪いからそうなるのだろう。ふつうの姿勢なら、画面というのは相当な高さの位置にないと、ちゃんと見れない。

土台が張り出しているので、設置すると

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このように、先代よりはこちらにせり出してきよるのだが、このサイズの机(山善(YAMAZEN) サイバーコム 書斎机シンプルデスク(幅110 奥行60) FCP-1160(NB/SG))、つまり幅110×奥行60なら、何の問題もない。

壁にぺっちゃりくっつけるのは、HDMIケーブルを折ることになるから無理。

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モニターの初期不良の話をさんざん聞いていて、おそるおそるの買い物ではあったが、特にコワいドット抜け、こいつをテストできるページが山ほどあって、例えばこういったサイトでテストするものの、どうも問題なかった。

あと注意点だけ:輝度を調整して例えば別のウインドウを開くなどの挙動をすると、勝手に輝度「100」になってしまう。どうやら暗い画面後になる。Windowsの「自動輝度調整」の可能性もあるが、ノーパソでもないし、オフにする所もない。どうしたら直るのか四苦八苦した!!!!!! このページで言っている「ファイル名を指定して実行」で「services.msc」→「Sensor Monitoring Service」のプロパティで「スタートアップの種類」「無効」にして「適用」後に再起動、この方法でも、皆目治らん。

(なお、付属説明書に書いてあることだが、画面の調整は、電源ボタンを(押し込まずに)倒してする。倒すと調整メニューが出てくるわ。)

明るさ調整は「MPRT」をオンにして「MPRT Level」でも調整できる。これで明るさを決めたら、何をしても、勝手に変わったりはしない。ただ、これをやっても、OS再起動したら、Levelが「0」に戻りやがり、【暗画面後輝度勝手に全開】症状が再発する。OS立ち上げのたびにモニター背面に腕を伸ばしてカチカチする破目になる。

数時間たってやっと判った。モニター側が悪いのだった。付いてる機能は何でもオンにしてしまうものだから、「SmartContrast」もオンにしていたが、不図これをオフにして、輝度をぐっと下げて(夜間なら「37」でも十分明るい。昼でも40~50台。40台が体感先代ASUSの60台)、暗い画面表示して、元の白地中心画面に戻したら、何と、輝度全開症状が出なかった!!!こいつが悪さしていたようで、そもそもこいつでググったら、価格.comという極めつけに有益な情報満載(寄稿者たちのおかげ)の「レビュー」で問題にしている。価格.com - 『おせっかい機能に要注意。』 フィリップス E-Line 276E7QDSB/11 [27インチ ブラック] 毎日が誕生日さんのレビュー評価・評判。ただここでSmartContrastについて言ってることは、輝度勝手に100のことではない。しかもPHILIPSモニターの画質をディすってるが、本記事で紹介してるモニターを見たらどう言うだろうか。それでもディするなら視神経取り替えてこい、

ということで、糞機能は必ずオフにしておこう。

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初恋の踏切

初恋の踏切

  • SKE48
  • 発売日: 2012/08/03
  • メディア: MP3 ダウンロード

動画雑感

 

前回の記事から

YouTubeなんてのはヘビフロッグ見てればいいんだよ。(←見ればわかるが、学術資料チャンネルだからな。)

 

この記事で言及した久保優太【後編】本人完全解説!! ジョーダン・ピケオー戦 〜後編 舞台裏を全公開!!【テクニック】だが、前編ともに感興深甚の名映像である。リング上のポジショニングというのは、武道とかで大昔から話なのだろうし格闘技ではジョーシキの初歩なのだろう(カウンターの攻防なども後の先とか武術の話らしいし)が、なんも知らなかった自分からは目にうころものである。他の動画でも話している(しそもそもこの人はウェブ上で格闘技塾をやってるが)が、朝倉海コラボ動画で話しているところなど分かりやすく、つまりポジショニングという考えは【環境が行動を決定する】論を彷彿させるから感銘深いのである。どのような攻守をするかというのは、本人の選好や任意に因っているのではなくて、距離や向きや体肢の構造といった外的要因から決まってしまう。何を出すかではなくて何なら出せるか。何を出させないか。意志で出したり出さなかったりするのでなく、人体という構造の限定された構造体同士の配置で決められるものなのである。これを考えず、戦いを「強さ」や「身体能力」や根性といったものだけから考えていては、コトの何も見えていないようである。或るポジションではストレートは無理でミドルしかない、或るポジションでは銃が賢明だが別なら刀剣、或るポジションでは作戦BのほうがAよりもよく、或るポジションでは外交しか無い、或るポジションではカウンターバランスが頼り、など、兵法や戦略やひいては人生攻略一般のあらゆる万事に通じていく話題である。それにしても、前編でサウスポーの試合展開の常識を覆すと言っているところ(1:51~)もイイが、後編の6:38~で攻撃は何種類もあるがそれは防御だってそうだと言っているところなど実にイイ。これは我々の世界でも猛省しきりの事柄だ。「腹筋」や背中、特に腕などは色んな方向から何種類もの種目で造ろうとするが、それは脚でこそ考えなければならないことだ。脚こそ様々な部位に分けて考えて各部位用に多種多様な種目がなければならない。ヒラメはヒラメ、直筋は直筋でアイソレート、大殿は大臀だけ、など。今の脚の造り方はまだ貧寒すぎるだろう。最大の四頭が実質2種目しかない(プレスとエクステンション)有様だ。尻など独立種目無いに等しい。本当はもっとマシンを開発できるはずだ。つまり、こだわられて掘り下げられている事が偏っている、という主張。しかも、(他のことも全部そうだが、)この人はその主張を論ではなくリング上というモノホンの場で実践してしまう(5:14~)。それにしても、殴られ屋KENJIの動画などもまったくそうだ(超人的な動きだなと見える)が、久保氏のスパーを見て、ディフェンスってカッコいいんだなということがようやく認識できたものだ。よける防ぐというのは華麗でかっこいい。昔からそういう選手や映像があったのぐらい知っているが、なにぶんつべの1080p+60fps動画で見んと知解できん。(ところでいまだに60fpsでアップしない人が多く、それは事情(負担が大きいとか)があって仕方ないにしても、そのことを問題にする声がまったく無いのはどうかというものだ。60fpsで見てしまうとそれ未満fpsに不満しか覚えない。カックカクやの!!!と腹立つばかり。なんでイイ映像をカクッカクで見せられなあかんのじゃというものだ。ポルノも叱りだ。ここまで誰もfpsに鈍感なのは、本当に鈍感なのだからではないだろうか。おそらく、人類は動きをあまり気にしない、動きに大して感性を持たない、動きというものをないがしろにしがちである、のではないのだろうか──思われているのと違って。思われているのと違って、人類は実は立体に弱い。また、ここでも述べたことだが、言語に極めて弱い。そして恐らく動きにも弱い。)

環境が行動を決定する、環境という外的なものから考える、これは、アフォーダンス理論による知能の捉え直し、犯罪機会論社会的ジレンマ的な議論、帰属の基本的エラー等々の現代のトピックである。つまり、この記事で紹介した『超予測力』(9784150505226)なり、この記事で紹介した『野性の知能』(9784772695367)なり、

なりといった本なりを読めば雰囲気がつかめる話。行動があると行動担当者の内部のナニカ心とかそんなんがその行動を起こすと思い込んでしまうが、全然そんなことはない。その行動は周囲の物の配置や大きさや人数や幅や…等で決まる。ぶつかるのは悪意ではなく道が狭いからというのは屁理屈ではなく真実側のことである。永遠に字が打ちにくいのはキーボードが悪いからというのは有名すぎる話でリンク貼る必要もない。他、死後の臓器提供者の人口比などのデフォルト効果。間違いなく、人生の質は、心がけなどという意味不明なものでなく、住む地域や場所というもので決定的に決まる。久保氏と言えば、格闘家チャンネルを見る機縁になった朝倉未来、最近の瓜田純士とのコラボ動画で言っていることに注目、この後15:31で もう1回言ってるが、見事な洞察というもので、例の渋谷の排煙所でなぜ外で排煙する者が出続けるかというと、カラクリは本当は非常に単純で、《入らないかん所が小さすぎて・人が多すぎて入れないから》。(令和タケちゃんその他もたいがい見てたが、そういう発言はなかった。まあみんな収益目的の動画なだけだから洞察など期待しても仕方ないのだが。)うむ、狭すぎるからはみ出る人がいるという見方の逆転、これをさらっと言えるところは流石だ。その通りだ。排煙者がバカなのではなくて人口密集地にせんまい排煙所を作る行政がバカなのであり、そもそも喫煙なんてするバカがバカなのである。悪いのはバカだ!悪い奴を叩けば解決するぞ!うおー!!… なるほど、「歴史」が「繰り返す」というのは、至言でも卓見で何でもなくて、当たり前すぎることである。構造と環境がある限り、人は同じことをし・同じ専制をし・同じ支配をし・同じ侵攻をし・同じ下克上をされる、当たり前のことだ。やらされてるだけです。喫煙させられてるだけです。(ところで、不健康になる自由みたいな論が最近湧いてるが、アホもアホもここまで極まると物も言えん。これは単純極まりないこっち見んな問題である。健康になりたい人は自分がなりたいのであって自分がバカげた医療費でカネドブにしたくないのであって、自分がアホどもの排煙を吸わされたくないのであって、主眼は自分のことなのであって、不健康に進んでる奴、そんな赤の他人に干渉したことなど一度も無い。ところが、不健康になりたい奴は、自分らを健康オタクが矯正してくると勝手に被害妄想しているのである。お前らのことなんて気にかけてねえよ、こっち見んなバカ。そう言えば、ボディビルにやっかむバカどもも典型的なこっち見んな問題だ。ボディビル者が他の分野や他人にとやかく言うことは無い。自分を追求しているだけだ。一方ボディビル側に対して外野がやたらととやかく言いたがる。ボディビルダーって〇〇できんの?つよいの?^q^勝負したら……ウンヌンかんぬん。こっち見んなゴミども。)

 

真正面/Team M

真正面/Team M

NMB48

  • 発売日: 2019/11/06
  • メディア: MP3 ダウンロード

 

話が長め尺になるとき、そこにカットを挟むとき、テレビなら、不自然にならないように工夫をする。まずそもそも演者が頻繁なカットを必要としないウマいしゃべりをするという点がYouTuberと違うが、後者が遠慮なく入れるジャンプカットを極力か全然入れないのもテレビだ。カットするならトランジションする。切れるならカメラも変える。切るなら 話が完全に途切れた「ポイント」で切って綺麗に切れるようにする。これをユーチューブでやってしまっているのが元テレビスタッフが編集しているのであろうテレビ関係者ユーチューバーの動画、例えばこういうのだ。これはつべでやる必要はない。テレビとの差別化のためにもユーチューブの特徴は頻繁なジャンプカットでなければならないことになる。それがいやだと言っても仕方なくて、出演者がどれぐらいしゃべりができないか、動画をいかに短くしないといけないかという都合制約により、ぶつ切りぶつ切りになるのは当然である。ただ、そういうものであるぶつ切りが物凄いことでまず目を引いたヒカルがだんだん超長尺動画になってい(きそこでもジャンプ多用)くのが面白いものだ…。

 

11の時同様今回も吉田製作所のレビューで気付かされたが、Safari進む戻るは紙をスライドさせるような非常におしゃれでカッコいいものだ(設定画面とかでもこうなるが、Safari以外では何故か進むが出来ない…)。ただ、近所のauショップで実機のしかもProを触ったところ、紙が白紙になったり・スワイプに反応しなかったりということがあった。軽いYahoo!ニュースなのだがな(しかしまあ、ありがちな「近所のauショップ」みたいな表現、ほんとキショいよな。お前の近所なんか知らんわボケ。「店頭で展示品を」みたいに一般的な言い方しろよな。これが世のブログどもには分からんのだな、というか人類全員にな。おまえのチンヶな自分の話をするなボケ)。Chromeでも画像検索でこの紙スライドになるし、Android10の時点(なのだろう)では 保存しているPDFファイルを開くと隣のPDFファイルにこれで移動出来ていたし、他アプリでもこの紙スライドがあるものがある。iPhoneでもこれがSafari以外のアプリでもあったりなかったり。まあそれはともかく、言いたいことは、UIというのはカッコいいとか見栄えするとか優越心くすぐるとかいうのが存在本質であって、機能や速度や仕事は二の次なのである、ということだ。動きがあるとか・かわいらしい動きをするとか・あざとく魅せるとかいうのが最も大事な点だ。Windows10やOfficeのアニメーションを無効にするように推奨するアホボケカス記事が山ほど湧いてるが、インターフェースというもの、いや総じてユーザーエクスペリエンスというものを完全に勘違いした無知無能の低能のドアホである。そういうものを無くしてしまったら元も子もない。いくら便利でも高機能でも、糞バンカーリングや屑カバーや背面悪趣味ギンギラギンの中華スマホは、ITデバイスというもの失格である。

後悔ばっかり

後悔ばっかり

NGT48

  • 発売日: 2020/07/21
  • メディア: MP3 ダウンロード

現在急速充電用の充電器とケーブルを持っているので、ライトニングにされると意味がないから iPhone12を買わないが、もっと大きな理由として、どいつもこいつもiPhoneで気色悪いから、周囲と同じの持つことになってしまうからというのがある。それだけの理由で、気にはなるiPhoneを、ついには持てない(iPadゴミだから元からどうでもいい)。ちょっとググると、「iPhone」「アイフォン」という語を「スマホ」の意味で使ってるバカがうじゃうじゃ、スマホ撮影しているところを見るとそのスマホは例のタピオカメラ(これ自体はしぬほどカッコいい)と決まりきっており、12が出るとつべに湧くわ湧くわレビュー動画のアホども、この気持ちの悪いApple様々崇拝の土人どもが気持ち悪すぎて、手が出せない。

ところで吉田氏のiPhone12のレビュー、後に出たものはヒドかった。SE2のときと同様、クソどうでもいいことに苦情出しているだけで、うべえなる点が全くなく、聞ける内容がひとカケラもない。レビューは青木歌音のレビュー見とけば十分である──明解で抜群、Galaxyのレビューと同じく、いかにも買いたくなるデキたレビューだ。ざっと再生したところでは、有象無象のレビューほとんどが 何の見るところもない中身すっからかんで、欧米系のもだいたい同様だが、中で、「Gazyekichi VLOGのレビュー、特にXperia 5IIとの比較、このへんも悪くないレビューだ。

ただ、これは、他のスマホレビューに関しても、いや他のデバイス・商品レビューに関しても、いやいや引いてはどんな他人の何に関する意見に関しても同じことであって、こいつらは何でそんなクソどうでもいいことにこだわるのだろう、なんでそんな事がそんなに気になるのだろう、なんでこいつはこれを気にするのだろう、ということが余りにも多すぎる。例えばこちらの言動のあまりにクソどうでもいいことに腹を立てられ恨みを持たれたことが多々ある。(自分もそういうことをしているんだが、それは棚に上げて、)自分なら蚊に刺されたほどでもないクソくそ糞どうでもいい些事を人生最大一大事のように気にされて根に持たれて執拗に恨み攻撃をされたこと、いやというほどあった。例えば、言語はどのように誕生したのだろう、言語の起源はどんなんだろう、ヒトはどうやって話すようになったのだろう、というテーマがある。クソくだらない。そんなもん考えて何になるんだ。言葉がどうやって出来たのかを知って一体おまえの何になるんだ?それで何のおもしろい知見がもたらされるというんだ?これが、ヒトの愚かな認知機構がなぜ愚かなのかの発生史なら、大いに面白い。しかし、言葉がどんな風に出来たかなんて、それがどうしたというんだボケンダラアホカスというものだ。くそどうでもいい。言葉なんてがすべてだ。語源や歴史的変遷がどうのだの、原始段階ではどのような形態だったかだの、何に対して形成されたのかだの、知っても考えてもゴミクソの役にも立たん。しかしそんな話題が古来から、そして今なお活況である。なぜ他人とはこれほどバカなんだろうか。なあ、みんな。