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しばいてくぞ

ドイツ文学者「専攻の本はもう読まない」

ツインテールはもうしない

ツインテールはもうしない

  • まゆ坂46
  • 発売日: 2014/04/01
  • メディア: MP3 ダウンロード

 

本ブログは日常の事柄しか関心がなく、知の領域としてもっぱらこの記事で列挙しているような事柄にのみ関心がある。そういう関心と程遠いのが自分の専攻分野であるが、地に足の着いていない、夢想の幽境でアタマを観念で溢血しているオメデタイ阿呆たちの領域だ。こいつらの書き物に感心することは絶えてない。自分が感心するもの、これぞ研究たる研究だよな、こんな研究に付き合っていたいものだよなと思える本、そういうのは、例えばこういういのだ:

研究事例として相も変わらず球技というしょうもないだけの競技が挙がっているのはうざいが、その章も含めて全体に非常に読ませる内容である。諏訪の文章などは心底おもしろい。

柔術の章がある点などタマゲる。格闘技YouTubeにはまってるところから去年から平本蓮のチャンネルもだいぶチェックしているからその流れで萩原京平→岩崎正寛チャンネルと関心がつながっている(所英男 vs. 太田忍戦がイイ試合だったのもあって、岩崎氏のこの解説は非常に見応えある)ところで、柔術章には感心した(というか、『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』(9784103300717)を読んでいた時から興味ある。)驚くべきことに、198頁で矢地祐介 vs. 五味隆典戦に言及している。確かに近刊だが、学術書啓蒙書がここまで新しい話題に触れるのは極めて稀なことである。学者研究者が本を出すと いちいちクソ古臭い話ばっかりを繰り出してくさらすもので、本書のようにRIZINやPRIDEのような90年代~21世紀以降の話題に言及しているのは 途轍もなく珍しい。

複数人分担執筆でありながら、各人が自分の話を勝手好き勝手にしゃべってる よくあるクソ本(世界思想社の「学ぶ人のために」シリーズみたいな)ではなく、各章が互いに言及し合って、全体で1つのテーマに貢献しようとしている。そんな構成も感心。なかなかない そこそこの名著。

なお上で述べた平本蓮のつべチャンネルだが、どれもいいが、このミドルキックの悪い見本といい見本の対比など凄まじい。漫画みたいだ。いや漫画より凄い。しかもこの後どんどん凄くなっていく。動画最後まで見るのを止めれない。それと、ここで言っている「前に行く力」を使った蹴りというのは、極真空手の纐纈卓真のYouTube動画で言っている「膝下を使った体当たり動作」と大変よく似たものに見える。)

(それにしても、格闘技はもっぱら見るだけ(特に、YouTubeがあるから)で、一生することは無いし したい気に何が何でもならないもので、こういうのは、格闘技している人からしたら、見てるだけで何が楽しんだアホなんかと思われることなのだろうが、そう考えてくると、長年の疑問が解ける。学界や勉強の場で、出席している聴いている受講しているだけで満足で積極的に参加する気にならないという人種がいるのが意味不明だったが、こやつらは、格闘技見る専の自分みたいなものなのだろうなと、今なら理解できる。別に自分がないわけではないし、参加するのが畏れ多いと思っているわけではない、ただただ参加する気にはならず、かといって興味ないのでは全くなくその反対であって見ていて面白くてたまらない。そういうの。自分は、他人の思想や研究を手をこまねいて受けつけているのが苦痛でしかなく、研究を発表されると内容が1ミリも頭に入ってこない。他人の研究は、特に自分の専攻に近いほど、ひとっかけらも理解できず、その論文なり「レジュメ」(←このアホ語を廃止しろよ)なりを読んでも、何が書いてあるのか何を論じているのか何がそもそも問題なのかこいつは一体誰に何を言いたいのだということが、皆目びたいち分からない。本当の話だ。そんな状態になるまで、自分自身が関わらんと気が済まん欲求が昂じているのである。そこからすると、発言しなくても自分の主張をしなくても自分こそ目立とうとしなくても気にならず黙って何十分でも座って聴いてられる生き物たちは気色の悪い意味不明星人でしかない。そいつらが、今、こことまったく何の関係もない世界を鑑賞していて、わからんでもないようになった。パラレルな理解だ。

ただ、こいつらは、この世界の当事者であって、もう参加している研究界で積極的に参加していないのだから、パラレルな話ではないのだが ……。)

 

この記事この記事この記事この記事等々のほうぼうで言ってきたが、ヒトという猿は、とにかくいらんことをしたがる。何もしなくていいところでとにかく何かをしないと気が済まない。何も言えないところでとにかく何かを喋ろうとする。もちろん、それらはモトより無意味なのだから、ただただバカでマヌケで愚行で無駄でしかない。このサルは、動かないと・ダベらないと落ち着かない。抑制や自制ということを生物界一苦手とする低品種のようだ。

という問題だが、

の終章の「規定値ヒューリスティック」「デフォルトヒューリスティック」という話が、考えるための示唆になる。ヒトは、ついうっかりそうしてしまうというデフォルトの行動を抑えるのが苦手な動物だということが言えるようである。シナイでいるということ・自制するということが出来ない。そうして、いちいちいらんことをする。クソ仕草をする。中身のまったく無いことをしゃべる

この本は一度読んでいたのをあやふやに覚えて借りてしまって読んでいたのだが、当時もそれなりに熟読していたというのに、改めて読んでも読み飛ばせずに面白い。それはこの本だからというだけではなくて、認知科学系の本がどれもそうだ。認知科学・心理学・社会心理学系の本が面白い、というよりその辺しか受け付けなくなっている。 

この記事で言及した『群れはなぜ同じ方向を目指すのか?』 (9784826901659)が超名著『野性の知能』( 9784772695367)と似たテーマであるなら、「似た」どころか、

という、同一のテーマで舞台を日本に移した版かのような本もある。当然むちゃくちゃ面白いのだが、ただ、この本でも何故かアフォーダンスの議論がまったく触れられていないアフォーダンス理論を無視する慣行でもあるのか?とはいえ、この本は、「陰陽制御」などの、包括的で奥行きある議論数点がとんでもなく面白く、この本だけの独自の価値が満載ではある。制御工学と環境アフォーダンスの融合。

次回の記事に続く