地上最強のブログ

しばいてくぞ

動画雑感

 

前回の記事から

YouTubeなんてのはヘビフロッグ見てればいいんだよ(見てのように、学術資料チャンネル。)

 

この記事で言及した久保優太【後編】本人完全解説!! ジョーダン・ピケオー戦 〜後編 舞台裏を全公開!!【テクニック】だが、前編ともに感興深甚の名映像である。リング上のポジショニングというのは、武道とかで大昔から話なのだろうし格闘技ではジョーシキの初歩なのだろう(カウンターの攻防なども後の先とか武術の話らしいし)が、なんも知らなかった自分からは目にうころものである。他の動画でも話している(しそもそもこの人はウェブ上で格闘技塾をやってるが)が、朝倉海コラボ動画で話しているところなど分かりやすく、つまりポジショニングという考えは【環境が行動を決定する】論を彷彿させるから感銘深いのである。どのような攻守をするかというのは、本人の選好や任意に因っているのではなくて、距離や向きや体肢の構造といった外的要因から決まってしまう。何を出すかではなくて何なら出せるか。何を出させないか。意志で出したり出さなかったりするのでなく、人体という構造の限定された構造体同士の配置で決められるものなのである。これを考えず、戦いを「強さ」や「身体能力」や根性といったものだけから考えていては、コトの何も見えていないようである。或るポジションではストレートは無理でミドルしかない、或るポジションでは銃が賢明だが別なら刀剣、或るポジションでは作戦BのほうがAよりもよく、或るポジションでは外交しか無い、或るポジションではカウンターバランスが頼り、など、兵法や戦略やひいては人生攻略一般のあらゆる万事に通じていく話題である。それにしても、前編でサウスポーの試合展開の常識を覆すと言っているところ(1:51~)もイイが、後編の6:38~で攻撃は何種類もあるがそれは防御だってそうだと言っているところなど実にイイ。これは我々の世界でも猛省しきりの事柄だ。「腹筋」や背中、特に腕などは色んな方向から何種類もの種目で造ろうとするが、それは脚でこそ考えなければならないことだ。脚こそ様々な部位に分けて考えて各部位用に多種多様な種目がなければならない。ヒラメはヒラメ、直筋は直筋でアイソレート、大殿は大臀だけ、など。今の脚の造り方はまだ貧寒すぎるだろう。最大の四頭が実質2種目しかない(プレスとエクステンション)有様だ。尻など独立種目無いに等しい。本当はもっとマシンを開発できるはずだ。つまり、こだわられて掘り下げられている事が偏っている、という主張。しかも、(他のことも全部そうだが、)この人はその主張を論ではなくリング上というモノホンの場で実践してしまう(5:14~)。それにしても、殴られ屋KENJIの動画などもまったくそうだ(超人的な動きだなと見える)が、久保氏のスパーを見て、ディフェンスってカッコいいんだなということがようやく認識できたものだ。よける防ぐというのは華麗でかっこいい。昔からそういう選手や映像があったのぐらい知っているが、なにぶんつべの1080p+60fps動画で見んと知解できん。(ところでいまだに60fpsでアップしない人が多く、それは事情(負担が大きいとか)があって仕方ないにしても、そのことを問題にする声がまったく無いのはどうかというものだ。60fpsで見てしまうとそれ未満fpsに不満しか覚えない。カックカクやの!!!と腹立つばかり。なんでイイ映像をカクッカクで見せられなあかんのじゃというものだ。ポルノも叱りだ。ここまで誰もfpsに鈍感なのは、本当に鈍感なのだからではないだろうか。おそらく、人類は動きをあまり気にしない、動きに大して感性を持たない、動きというものをないがしろにしがちである、のではないのだろうか──思われているのと違って。思われているのと違って、人類は実は立体に弱い。また、ここでも述べたことだが、言語に極めて弱い。そして恐らく動きにも弱い。)

環境が行動を決定する、環境という外的なものから考える、これは、アフォーダンス理論による知能の捉え直し、犯罪機会論社会的ジレンマ的な議論、帰属の基本的エラー等々の現代のトピックである。つまり、この記事で紹介した『超予測力』(9784150505226)なり、この記事で紹介した『野性の知能』(9784772695367)なり、

なりといった本なりを読めば雰囲気がつかめる話。行動があると行動担当者の内部のナニカ心とかそんなんがその行動を起こすと思い込んでしまうが、全然そんなことはない。その行動は周囲の物の配置や大きさや人数や幅や…等で決まる。ぶつかるのは悪意ではなく道が狭いからというのは屁理屈ではなく真実側のことである。永遠に字が打ちにくいのはキーボードが悪いからというのは有名すぎる話でリンク貼る必要もない。他、死後の臓器提供者の人口比などのデフォルト効果。間違いなく、人生の質は、心がけなどという意味不明なものでなく、住む地域や場所というもので決定的に決まる。久保氏と言えば、格闘家チャンネルを見る機縁になった朝倉未来、最近の瓜田純士とのコラボ動画で言っていることに注目、この後15:31で もう1回言ってるが、見事な洞察というもので、例の渋谷の排煙所でなぜ外で排煙する者が出続けるかというと、カラクリは本当は非常に単純で、《入らないかん所が小さすぎて・人が多すぎて入れないから》。(令和タケちゃんその他もたいがい見てたが、そういう発言はなかった。まあみんな収益目的の動画なだけだから洞察など期待しても仕方ないのだが。)うむ、狭すぎるからはみ出る人がいるという見方の逆転、これをさらっと言えるところは流石だ。その通りだ。排煙者がバカなのではなくて人口密集地にせんまい排煙所を作る行政がバカなのであり、そもそも喫煙なんてするバカがバカなのである。悪いのはバカだ!悪い奴を叩けば解決するぞ!うおー!!… なるほど、「歴史」が「繰り返す」というのは、至言でも卓見で何でもなくて、当たり前すぎることである。構造と環境がある限り、人は同じことをし・同じ専制をし・同じ支配をし・同じ侵攻をし・同じ下克上をされる、当たり前のことだ。やらされてるだけです。喫煙させられてるだけです。(ところで、不健康になる自由みたいな論が最近湧いてるが、アホもアホもここまで極まると物も言えん。これは単純極まりないこっち見んな問題である。健康になりたい人は自分がなりたいのであって自分がバカげた医療費でカネドブにしたくないのであって、自分がアホどもの排煙を吸わされたくないのであって、主眼は自分のことなのであって、不健康に進んでる奴、そんな赤の他人に干渉したことなど一度も無い。ところが、不健康になりたい奴は、自分らを健康オタクが矯正してくると勝手に被害妄想しているのである。お前らのことなんて気にかけてねえよ、こっち見んなバカ。そう言えば、ボディビルにやっかむバカどもも典型的なこっち見んな問題だ。ボディビル者が他の分野や他人にとやかく言うことは無い。自分を追求しているだけだ。一方ボディビル側に対して外野がやたらととやかく言いたがる。ボディビルダーって〇〇できんの?つよいの?^q^勝負したら……ウンヌンかんぬん。こっち見んなゴミども。)

 

真正面/Team M

真正面/Team M

NMB48

  • 発売日: 2019/11/06
  • メディア: MP3 ダウンロード

 

話が長め尺になるとき、そこにカットを挟むとき、テレビなら、不自然にならないように工夫をする。まずそもそも演者が頻繁なカットを必要としないウマいしゃべりをするという点がYouTuberと違うが、後者が遠慮なく入れるジャンプカットを極力か全然入れないのもテレビだ。カットするならトランジションする。切れるならカメラも変える。切るなら 話が完全に途切れた「ポイント」で切って綺麗に切れるようにする。これをユーチューブでやってしまっているのが元テレビスタッフが編集しているのであろうテレビ関係者ユーチューバーの動画、例えばこういうのだ。これはつべでやる必要はない。テレビとの差別化のためにもユーチューブの特徴は頻繁なジャンプカットでなければならないことになる。それがいやだと言っても仕方なくて、出演者がどれぐらいしゃべりができないか、動画をいかに短くしないといけないかという都合制約により、ぶつ切りぶつ切りになるのは当然である。ただ、そういうものであるぶつ切りが物凄いことでまず目を引いたヒカルがだんだん超長尺動画になってい(きそこでもジャンプ多用)くのが面白いものだ…。

 

11の時同様今回も吉田製作所のレビューで気付かされたが、Safari進む戻るは紙をスライドさせるような非常におしゃれでカッコいいものだ(設定画面とかでもこうなるが、Safari以外では何故か進むが出来ない…)。ただ、近所のauショップで実機のしかもProを触ったところ、紙が白紙になったり・スワイプに反応しなかったりということがあった。軽いYahoo!ニュースなのだがな(しかしまあ、ありがちな「近所のauショップ」みたいな表現、ほんとキショいよな。お前の近所なんか知らんわボケ。「店頭で展示品を」みたいに一般的な言い方しろよな。これが世のブログどもには分からんのだな、というか人類全員にな。おまえのチンヶな自分の話をするなボケ)。Chromeでも画像検索でこの紙スライドになるし、Android10の時点(なのだろう)では 保存しているPDFファイルを開くと隣のPDFファイルにこれで移動出来ていたし、他アプリでもこの紙スライドがあるものがある。iPhoneでもこれがSafari以外のアプリでもあったりなかったり。まあそれはともかく、言いたいことは、UIというのはカッコいいとか見栄えするとか優越心くすぐるとかいうのが存在本質であって、機能や速度や仕事は二の次なのである、ということだ。動きがあるとか・かわいらしい動きをするとか・あざとく魅せるとかいうのが最も大事な点だ。Windows10やOfficeのアニメーションを無効にするように推奨するアホボケカス記事が山ほど湧いてるが、ユーザーインターフェースというもの、いや総じてユーザーエクスペリエンスというものを完全に勘違いした無知無能の低能のドアホである。そういうものを無くしてしまったら元も子もない。いくら便利でも高機能でも、糞バンカーリングや屑カバーや背面悪趣味ギンギラギンの中華スマホは、ITデバイスというもの失格である。

 

嫌いなのかもしれない

嫌いなのかもしれない

NGT48

  • 発売日: 2020/07/21
  • メディア: MP3 ダウンロード

 

現在急速充電用の充電器とケーブルを持っているので、ライトニングにされると意味がないから iPhone12を買わないが、もっと大きな理由として、どいつもこいつもiPhoneで気色悪いから、周囲と同じの持つことになってしまうからというのがある。それだけの理由で、気にはなるiPhoneを、ついには持てない(iPadゴミだから元からどうでもいい)。ちょっとググると、「iPhone」「アイフォン」という語を「スマホ」の意味で使ってるバカがうじゃうじゃ、スマホ撮影しているところを見るとそのスマホは例のタピオカメラ(これ自体はしぬほどカッコいい)と決まりきっており、12が出るとつべに湧くわ湧くわレビュー動画のアホども、この気持ちの悪いApple様々崇拝の土人どもが気持ち悪すぎて、手が出せない。

ところで吉田氏のiPhone12のレビュー、後に出たものはヒドかった。SE2のときと同様、クソどうでもいいことに苦情出しているだけで、うべえなる点が全くなく、聞ける内容がひとカケラもない。レビューは青木歌音のレビュー見とけば十分である──明解で抜群、Galaxyのレビューと同じく、いかにも買いたくなるデキたレビューだ。ざっと再生したところでは、有象無象のレビューほとんどが 何の見るところもない中身すっからかんで、欧米系のもだいたい同様だが、中で、「Gazyekichi VLOGのレビュー、特にXperia 5IIとの比較、このへんも悪くないレビューだ。

ただ、これは、他のスマホレビューに関しても、いや他のデバイス・商品レビューに関しても、いやいや引いてはどんな他人の何に関する意見に関しても同じことであって、こいつらは何でそんなクソどうでもいいことにこだわるのだろう、なんでそんな事がそんなに気になるのだろう、なんでこいつはこれを気にするのだろう、ということが余りにも多すぎる。例えばこちらの言動のあまりにクソどうでもいいことに腹を立てられ恨みを持たれたことが多々ある。(自分もそういうことをしているんだが、それは棚に上げて、)自分なら蚊に刺されたほどでもないクソくそ糞どうでもいい些事を人生最大一大事のように気にされて根に持たれて執拗に恨み攻撃をされたこと、いやというほどあった。例えば、言語はどのように誕生したのだろう、言語の起源はどんなんだろう、ヒトはどうやって話すようになったのだろう、というテーマがある。クソくだらない。そんなもん考えて何になるんだ。言葉がどうやって出来たのかを知って一体おまえの何になるんだ?それで何のおもしろい知見がもたらされるというんだ?これが、ヒトの愚かな認知機構がなぜ愚かなのかの発生史なら、大いに面白い。しかし、言葉がどんな風に出来たかなんて、それがどうしたというんだボケンダラアホカスというものだ。くそどうでもいい。言葉なんてがすべてだ。語源や歴史的変遷がどうのだの、原始段階ではどのような形態だったかだの、何に対して形成されたのかだの、知っても考えてもゴミクソの役にも立たん。しかしそんな話題が古来から、そして今なお活況である。なぜ他人とはこれほどバカなんだろうか。なあ、みんな。