地上最強のブログ

しばいてくぞ

als ob は「かのように」ではない(100年の誤謬を糺す)

 

ここでも見たことだが als ob副文は「非現実」ではない

例のぼんくらが「かのうに」と誤訳し出して以来100年(ぐらい)にわたって支配してきた謬見だ。正しておこう。なんたってこいつは「よ」と「や」の区別もできんのだからや。

もちろんこの男Wie wenn am Feiertage「あたかも~」ではない。訳してる阿呆どもと読んでる阿呆ども、お前ら、あたまも祭りの日だな。どうせ阿保だし踊っとけ。

(ゆうて「誤訳」など本当はどうでもいい話ではある。以下に示すような《どんな日本語に「訳」したらいいのか》というのも、本ブログからしたら、クソどうでもいい事だ、お前らがその次元から一歩も出てないのは仕方ないとしても。)

で、非現実ではない根拠だが、ようするに上掲リンク先記事に書いt…と言うより橋本文夫を引用したことだが、それを再度確認することだが、あのな、als ob文やけどな、これな、

「非現実」なら何で第I式もいけんねん。おかしいやないか。何で誰も気付かんのやコラ!!!!!

なめとんのか!!Leck mich am Arsch!!!

アホが鼻ほじって(ほじれ)今日も脊椎反射でals ob は非現実用法なのれす^q^などとぱしへろんだすしている、その際に、このアホどもモトイ真性池沼ときたら、接続法第I式の用法も忘れている。あのな、

第I式に非現実用法は無いよな。
おまえらは初級文法もできんのか!!!!!!!!!!!!!!!
お前らがドイツ語の解説すんな!!!!!!!!!!!!!!!

解説者のアホどもに騙されないように、おたくらは、もう少しカウパー腺をガマンして、慎重に思い出そう:
① いま、そういえば、als ob文は、直説法もイケる。まだイクなよ。
② ところで、第I・II式、それから直説法もいける副文というと、間接話法である。関節でもイケるかもな。
③ ゆえに、鼻は花である
したがって、ハナチャンヨッシーが食える。

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これにて答えが出た。上掲記事でも見た文例を再録しよう:

[…], vergass man, noch sonst etwas zu wollen, und konkurrierte frisch drauf los, als wäre der Besitz des Menschlichen das Ziel aller unserer Wünsche.

Max Stirner: Der Einzige und sein Eigentum

[…], als wenn nicht die Puppe dem Kinde, der Koran dem Türken das Wichtigste wäre.

Max Stirner: Der Einzige und sein Eigentum

というのは、「非現実」文なのではない。

「als wäre der Besitz des Menschlichen das Ziel aller unserer Wünsche」というのは、「あたかも」「「人間様」が人類の御本尊である」「かのように」ではなくて、「「人間様」が人類の御本尊であるトデモ言ワンバカリニ」だ!!!

「als wenn nicht die Puppe dem Kinde, der Koran dem Türken das Wichtigste wäre」というのは、「ダッタラ、子供には玩具がすべてであることはないト言ウノカ。信徒には聖典がすべてであることはないト言ウノカ」!!!
無理ダト言ウノカ。叶わないと言うのか。捨てろと言うか。諦めろと言うか。

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[…], die gewöhnlich so missverstanden wird, als sei sie eine Liebe zu den Menschen, zu jedem Einzelnen, während sie […]

Max Stirner: Der Einzige und sein Eigentum

というのは、「具体的個々人、生きている個々の人々とのかかわり」ナドトイッタ風ニ思われてしまいがちっているが、いやいや実際は」と書いてある。

Als ob nicht immer einer den anderen suchen wird, weil er ihn braucht, als ob nicht einer in den anderen sich fügen muss, wenn er ihn braucht.

Max Stirner: Der Einzige und sein Eigentum

というのは、「ソレデハ、必要だから人を求めるというわけではないとでも言ワンバカリダナ。必要なのに関わりに行きはしないとでも言ワンバカリダナ。」である。実際には探し関わりに行くのであって否定力がほぼ無いぐらいに弱いから直説法にしている。

[…], werden nicht müde zu wiederholen, dass die Sittlichkeit »der Grundpfeiler des gesellschaftlichen Lebens und des Staates« sei. Als ob nicht die Herrschaft der Sittlichkeit eine vollkommene Herrschaft des Heiligen, eine »Hierarchie« wäre.

Max Stirner: Der Einzige und sein Eigentum

というのがあったら、「その言いよることときたら毎度これ:ずっと同じジョーシキに従っていればお国のためになり社会のためになるのであります。否定した宗教を復活させるワケではゆめゆめありません。。」と書いてあるのである。直前の第I式による間接話法の文から続いているのである。「 」入りなのである。思い知れ。こんな傍証を見ると、als obが間接話法だということが猶更よく判るであろう。