地上最強のブログ

しばいてくぞ

運動の意味わかってる?

 

自分が何でジムに行ってるのか居てるのか、考えてますか?

はいそこでコンベア上でぬたぬたぬたぬた歩いてる奴、ドタドタドタドタ走ってる奴。歩くのも走るのもどこででも出来るやろ。お帰り下さい。あのな、体重計の数字という抽象観念とたたかっている人、体型も健康も魅力もここにすべて集約されると信仰している「体重」教と「カロリー(爆)」教の信者、お前はまず論外である。(逆向きに通背拳やったら体重なんていくらでも減るぞ。)

次行こ。ウエイト(・マシン)器材に触れるぐらいはしてる人ら。

  1. 何でそれを、なんでその種目のその動作をやってるのか、自分で分かってるんですか?それがあなたの何につながってるんですか?考えたこともないか。運動してないと何となく不安だから、だろうな。ジムに安心を求めに来るな。
  2. もうちょっと何か言うとして、「体鍛える()」とかか。武術武道やったほうが遥かに効率いい。お前がいくとこは道場や格闘ジムだ。また、心を鍛えたいのならなおさら格闘技やってるほうがいいし、おそらく戦場に行ってるほうがずっといい。ウエイト器材で心鍛えるなバカ。(或る水準の人たちからしたらジムも戦場だが。)
  3. 何らかのパフォーマンスの向上のためにも、ジムに来るよりも、そのパフォーマンス自体をやってるほうが遥かに効率いい。あのな、ダンベルうんせうんせやって、バッティングや速泳やサーブや土俵際やシュートやジャンプや遠投やクライミングやパンチ力やステップや寝技の攻防や等々々の何が向上すると、本気で思ってるのか?大丈夫か?
  4. ジムでのワークアウトの何をどのようにどの量だけどれ程キツくやっても、喧嘩にはこれっぽっちも強くならん。あれは心の強さが全てである。コンジョーのこと(2000年代以降には「気合い」とか言ってる)。強くなったよてすぐ言い返してくるお前、それは心のほうが強くなってるのである、どうでもいいが。あと、ワークアウトしてる人やボディビルの人が「強い」かどうかって、それ、外科医や火山学者がケンカ強いかどうかとか、高校教師や市会議員が力強いかどうかと言うに等しい、アホで的外れな発言だからな。典型例【トレーニングする格闘家が存在する】からの代表性ヒューリスティック、言い換えるとアホ連想。強い人はトレーニングによって強いのではない。強いこともあるだろう。それはその人個人の事柄である。喧嘩が強いサラリーマン(営業マンの間違いな)もいるだろう、力が強い郵便局員も居るだろう、足が速い将棋師もいるだろう、足が速い豆腐屋もいるだろう、足が速い焼芋屋もいるだろう、足が速い八百屋もいるだろう、足が速い肉屋もいるだろう、足が速い魚屋もいるだろう、足が速い葬儀屋もいるだろう、足が速いブン屋もいるだろう、足が速い沢屋もいるだろう、足が速いダフ屋もいるだろう、足が速い潮紗理菜もいるだろう、体が柔らかい須田亜香里もいるだろう、ミット打ちできる岸野里香もいるだろう。すべて、偶然たまたまその人個人がそうって事に過ぎない。個人内行動[ジムでのワークアウト]が個人間傾向[強さ]と有意な相関関係を示すことは、無い。無かったし、これからも無い。現象「強さ」というものが何なのかということだけでも考えているとしても(この記事参照)。

以上の観点で運動している人が、無酸素運動系ウエイト(・マシン)挙上をジムという空間の内部で行うことから得れるもの、ほぼ絶無である。じゃ何が得られるか?

第一、すべての煩瑣な背景議論を一旦措いて言うと、お前が属している生物種としての当たり前のカラダに戻って行く。極端な生存環境や社会集団を除けば、現代人の大多数が、ヒト種として本来これぐらいは有るもんだという量の筋肉量が大幅に減少してしまっている萎縮状態である。で、ヒトのふっつーーーの体に戻しゃ、そりゃ健康にはつながる、のだろう。知らんが。いいでしょうか、「筋肉付ける」等と言った時点で観点が逆なのであって、今のあなたが「筋肉落ちてすぎ」なの。戻すだけ。一方、必死こいて走ってりゃ、萎縮が亢進するぞ。すげーな!

その先。無酸素運動系ウエイト(・マシン)挙上をジムという空間の内部で行うことから得れるもの、それは、ボディメイク・カッコいい体を造る作業、である。それだけ。なお、「カッコいい」の美学を争う気は無い。それが歴史的にどうだったか異文化的にどうであるかをどんだけ喋くり倒しても、特定の体型Xがカッコいいと感受感知してしまう現代日本の私(達)の感性の変更不可能に対しては、小理屈糞理屈である。(あと再三、地獄の餓鬼や仏教美術目指してる「痩せ」教徒たちとは今話してないから。)で、「それだけ」ってか、それがデカい

その方法が、はっきり言って、骨格筋繊維の肥大(時に本数増加)、いわゆる筋肥大しか方法がない。見てみよか。(なお、誕生後~成長期間の話はしてない。言わすな)

  • はい骨ー!変えれないやろ。身長の悩み!O脚!「骨盤()」!歯!「背が高い」→骨が長い。運動で若干丈夫なる程度。誤差。
  • 内臓。変えれない。心肺ちょっとぐらい。
  • 脳。読んどけ ↓
    暴力の解剖学: 神経犯罪学への招待

    暴力の解剖学: 神経犯罪学への招待

  • 血液。何をどうやって変えるゆうねん。運動で赤血球増えるぐらいか。どうでもいい。放射能浴びとけ。
  • 皮膚。変えれたら人種差別(肌色差別)の歴史ずいっぶん違ってたやろな。
  • 毛髪。色だけな!エンゼルフレンチなめんな!!!!
  • 脂肪。増やす・減るやのうて、増える・減る。脂肪は自動詞の主(格補)語な。それは勝手に代謝で)成り成りて成りゆくもの。

他動詞の意志主体として能格的に変えることができる所の人体パーツと言うと、筋繊維の太さ(たまに数)だけなのである。だからそれゆえに、「体づくり」というのは、筋肉が問題になる。しかも減少の方向は考えてもしゃーない(+運動関係ない)から、専らひたすら何が何でも是非ぜっぴ筋肥大が問題になる。それしか考えようがない。(それ以外のことは ↑ に書いて来た。)

その中で、まあ感心される程度になれたらなってな水準と、コンテストで活躍するって水準と、人類が達したことのない外観に達するという水準と、どれであるにせよ、またこれらの水準(をさらに勝手に細分化したらええ、知らん)のそれぞれで方法が結構相違して来るという事情も有るにせよ、無酸素運動系ウエイト(・マシン)挙上をジムという空間の内部で行って何か得る気があるなら(気がないようにしか見えない自分の世界閉じ込もりというジム人口の99%は放っとく)、考えないかん第一のことは、プロテイン()のメーカーでもベンチ()の重量でもイヤホンうっさいお前のスマホのクソ曲でもなくて、特定部位をアイソレートするということである。(水準の高い人がここまで読んだ時点で呆れているの 分かっているんですが、すんませんが、トーシローってのは、分かってない人ってのは、そこまで分かってないんです。)

ちなみに、この観点から、挙上時にフォームを守ってるとまあ効率につながらんことも無い、と言えはする。いま、フォームを守りなさいという声が、客に事故させたないからという責任全力全霊逃れ根性・レジがシール貼る根性・「自己責任()」ホザく根性からのものである、という事は相手にしないとして、フォームが綺麗だと確かにアイソレートにつながりはする、筋肥大の効率につながりはすることもなくなくなくはない。(では何でフォームが綺麗でもない人ら、そっこらのジムから横須賀からIFBBからJBBFからNPC、中近東から欧州からエジプト、インドから韓国からロシア、選手からアマからその他に数々おられる方たちがすっげデカいかというと、詰まるところ要するに、一定の肥大促す重量とレップスが対象筋に加えられていればそれでよいのであって、さらに言うと筋肥大の真実本当の原因要因がよく分かってなくt)

よって、正確なフォーム自体が目的ではない。正確なアイソレートが目的な。特定の部位それだけを取り出してそこだけを独立して彫琢する(収縮する)のが目的であり、これの結果この部位の肥大が促されるのが大目的である。特定部位の独立・ピックアップ・アイソレート。アイソレートして収縮出来ているならそれでよいのであって、その時の「フォーム」がどうであるかは本当はクッソどうでもよい。

だから!!それゆえに!!!「重量」なんぼかだとか、どんだけ今日頑張った(気がする)かだとか、どんだけサボらずにジム「通ってる」かだとか、「モチベ」wwだとか、ピラミッドでやったらジャイアントでやったらいいんですか ^q^ だとか、有酸素も織り混ぜて()だとか、「筋肉飯」(アホか)だとか、そういう問題じゃない。どんだけ特定部位をアイソレートして高強度負荷加えたか、ということが唯一重要。

なお、世界トップレベルの歴史的成功者が、アイソレートせよということをこんだけ強調してはる。


(0:42で「失敗する可能性のあるものは失敗する」と言っているのがご愛敬。)

Fazit:ジムでアイソレートする、筋肥大促す。是、ジムで「運動」する目的にして意味の唯一。それ以外の運動は知らん興味ない勝手にせえ。走ってろ。