地上最強のブログ

しばいてくぞ

オン・ザ・ブルシット (5)

 

前回の記事から

点でニュースが何とかかろうじて楽しいのであって、その内容は、上述理由により、知的におもろいものでは到底なく、反対に、砂を噛むように退屈なものである。

同じものが、クイズだ。一体クイズというのが何故クソ退屈な出題内容なのにもてはやされるのかというと、少なくとも知識自体は一切楽しまれていない。こんな世間流通の教科書知識が楽しいワケがない。こんなんを沢山知ってるのは、口の中と胃腸の中いっぱいに砂を詰め込んでるのと同じだ。クイズに強いというのは拷問に強いという意味以外の何の意味でもない。こんなゴミクズが楽しくあれるのは、テレビ上なら、回答をめぐるコメディーが楽しいからである。それだけ以上終わり。個人でなら、解くまでの当て推量が楽しいからである。つまりただの射的だ。当たっ

コウモリよ

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たり知ってたりしたら楽しいのである。的に当たったり馬券が当たったりしたら嬉しいのと同じだ。つまりギャンブルと似る。

ギャンブルも、宇宙に存在する事象のなかで群を抜いてのクズのゴミで、その内容自体は、クソ退屈でクソしょうもなくクソつまらなくクソ子供だましである。金属球がどの穴に落ちるか、絵札の数や絵が一致するかしないか、がちゃがちゃ回すと何が出るか、どれが先にゴールするか、サイコロの目が合うか合わんか……どう見ても、単調作業と寸分たがわぬクソ作業、ただただ退屈で無味乾燥したカスのゴミである。いやそもそも、およそ、偶然などを・運などを以ってして勝敗を決しても、内的必然以外は何もウレシくないこの生き物には、まったくウレシくないはずである。その意味で、操作者の力量が勝敗を決するゲームとは全く異なるのだが、しかしゲームも、例えば球技のように、それ自体として見ればクソ退屈なものが少なくない。球が、玉ごときが、タマのようなたんだの物体が、どこにゴールしたかどこに落ちたかなどという、くだらないにも程がある些事に、人類がここまで夢中になれてここまでキチガえれてきた歴史、ただただ異常としか見えず、ただただ気色悪いだけである。それでも、このサルはこれが大好きなのである。だからクイズが大好きなのである。どれだけ気色悪くても群れるのと群れに溺れるのが大好きだからニュースが大好きなように。その気色の悪い好き好みの正体や意味などはどうでもいい。サルのエサなど興味ない。

 

こうして様々にバカの考察を続けてきたが、バカとは視座や立場や目的や自分などをすぐ見失う奴のことでもある。今自分がそこから見ているその位置、そこから〇〇に目掛けている所のその一里程、✕✕に対して自分が収まっている身分、こういったものは、ストレス負荷が加わったら見失ってしまうものではあるが、見失っていいものではなく、見失っていないかどうかを適宜適宜チェックしていないといけないものであり、いけない云々ゆう前にそもそも勝手にチェックしてしまうものである。しかしバカはそれできず、それを知らず、自分を失うたびに、平気のへいの字で失う。

そうして例えば手段と目的を簡単に忘れる。今自分がしていることはどういった目的に対して始めることになった手段や方法や途上だったのかを、ちょっとその行為に没頭し出すと、いやいやその行為を始めただけで、かんったんに忘れてしまう。バカは極めてすみやかにそれをやるためだけにそれをやるようになる。それをやって何になるかを秒で忘れて思い出すことも出来なくなり、たまたま思い出したら、《初心にかえって》だの《自分をふりかえって》だのウレシがり出す。初心など当たり前すぎることだ。自分など24時間24億回ふりかえるもんだバカ。

実際、雨が降っても骨が折れても走りたがるジョギング趣味を嗤えるものではなくて、大方の運動してる奴がこうなっているのである。ほとんどのジム通いはその運動をすることになっているからするというだけになっていて、その意味など何も考えなくなっている。文字通り「通」ってしまっていて機械的ルーティンになっている。目的だったものの為にそこに行くのであって、定期継続することそれ自体は別に何ていうものではないし定期性に効果が大してないなら「通」うという姿勢が間違ってすらいるのだが、そんなことは考えもしない。体造りやボディメイクなんてのは、確実に効果のある(と少なくとも調べぬいて考え抜いた)方法を1回1回傾注してそれで成功するかしないかといった、それは大変なものである。定期通いの安心感に守られてダラダラダラダラ何年何十年間も慢性的に病人リハビリ運動を続けてクソ体格が1ミリも変わってないアホとは無縁のものである。(もちろん運動している自分に安心したいためだけに、何カ運動シナクチャの心配を安心させるためだけにジムでコンベア走ってるのも居るだろうが、そこまでヒドい奴もそんなに人口の大半でもないだろう。ゆうて所詮、何か変われると思って運動しているはずだ。)

他に例えばここなんかで書いたが客とバトルし出すアホ受付というのがどこにも必ず居るのだが、元々了見がカン違いしているだけのバカと違ってふっつーの者でもバトルし出すもので、これなども、興奮するままに興奮しているからそうなるのである。自分の立場や位置がどんなもので客にはどんなことまで言っておけばよくて自分はどの程度までしとけばよくてしなくてよいかを簡単に忘れよるのである。自分の自分状態自分立場を割り切れていないのである。所詮雇用先の1駒で組織の1手足である自分、そんな、限られた貸しているだけの一部自分、がしとけばいい対応などどれだけ限られたものであるのかという意識認識が、かんったんにトブのである。そこに雇用されて客対応している自分が何をしたかってそうしたのだったのか、つまりただ給金のためなのだが、そうなのだから、客が何を言ってどう出ようと、自分を挙げて真剣に取り組むようなことでは全くない。割り切ればいい話だ。

こう言うと、現代人は分業化され疎外されておりオートメーション化と巨大企業の中で酷薄なマニュアル人間となり…などというのを思い出すかもしれない。それはそうだろうが、それは表面上そうなっているだけだ。現代の文明水準ぐらいでは人間などぜんぜん機械化されず冷たくならない。組織の歯車みたいになっているだけ演じているだけのことであって、一皮むければ、業務も立場も自分も忘れて脳のバグと暴走のままにファビョり突っ走る欠陥動物が居るだけだ。

もちろん機械のように成るのは理想も理想である。情緒やそれによる偏向が仁徳道義を・《よき社会》を邪魔しているのだから、バカというエラーとバグに呪われたヒト猿をやってるからここまで人類がうまくいかないのだから。しかし機械のように目的と手段を完璧に自覚するのは困難も困難であろう。自分のバカチェックを相当怠りなくやって自分の人間度削減に相当思い切り取り組まないといけないだろう。 

 

本シリーズのこの記事に書いたように、人身的物損的何かしらの不測事が起きた時に特に会社などの組織が取る反応というのは、ほとんどが、ヒステリーなパニック(ヒスパニックという)であり、まさに「反応」たる反応であり、もう十分建物を焼いて今や消えようとしている火を必死に踏み消

次回の記事に続く

 

恋愛総選挙

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