地上最強のブログ

しばいてくぞ

誰が間違ってるのか

Herkunft des Komischen. — Wenn man erwägt, dass der Mensch manche hunderttausend Jahre lang ein im höchsten Grade der Furcht zugängliches Thier war und dass alles Plötzliche, Unerwartete ihn kampfbereit, vielleicht todesbereit sein hiess, ja dass selbst später, in socialen Verhältnissen, alle Sicherheit auf dem Erwarteten, auf dem Herkommen in Meinung und Thätigkeit beruhte, so darf man sich nicht wundern, dass bei allem Plötzlichen, Unerwarteten in Wort und That, wenn es ohne Gefahr und Schaden hereinbricht, der Mensch ausgelassen wird, in’s Gegentheil der Furcht übergeht: das vor Angst zitternde, zusammengekrümmte Wesen schnellt empor, entfaltet sich weit, — der Mensch lacht. Diesen Uebergang aus momentaner Angst in kurz dauernden Uebermuth nennt man das Komische. Dagegen geht im Phänomen des Tragischen der Mensch schnell aus grossem, dauerndem Uebermuth in grosse Angst über; da aber unter Sterblichen der grosse dauernde Uebermuth viel seltener, als der Anlass zur Angst ist, so giebt es viel mehr des Komischen, als des Tragischen in der Welt; man lacht viel öfter, als dass man erschüttert ist.

(Nietzsche, Menschliches, Allzumenschliches I, IV/169)

 

(オカシいものがなぜオカシいのかと言うと、ヒトが過ごした数百万年間を考えたらわかることだ。この間にはヒトはあらゆるものにビクビクしていないといけない無力な猿だった。不意に物陰から天地からどんな猛獣が厄災が飛び出してきて殺されるか判ったものじゃない。緊張しかない生活。現に、文明社会になってからでも、得体の知れないものや不用意な状態が無いこと、安心安全無事息災などという事がいまだに至上命題ではないか。不意や未知こそ恐るべき敵だ。ひたすら安心してたい臆病動物だ。だったら、意表を突いて現れた物・言われた事・為された事が実は何にも危なくないと分かったりなどしたら、そらウレシくてたまらんわな。そらハシャぎよるわなこの猿は。調子コキよるわな。これが、笑いだ。安堵する猿。一瞬得体が知れない→実は他愛ない→分かって安心、そんな一瞬恐怖→安堵という解放 … これが、オカシいという事だ。ちなみにこれの反対、絶対にダイジョーブな所から急遽ドン底に突き落とされると、一体人生の意味は…だとか 悪とは…だとかを考えてしまうことになる。しかしそれは、オカシいことよりはずっと稀である。そらそうだろ、絶対ダイジョーブな奴なんてこの世に滅多におらず、人類の大半が年がら年中ひたすらびくびくびくびくビビり倒しとるんだから。そら、ゲラゲラやってるほうが、人生意味考えることよりずっと普通のことになってしまうわな。

ニーチェ

 

これから書くことは、バカのあたまん中がどーなってんのかということであって、何が正しいことなのか/何が間違っていることなのか/何をやったら合っているのかいや正しくないのか云々カンヌンといったことでは全くないのだが、そういったハナシの区別もできないオツムなら読まないでくれ。(そして世の中の議論の99999%が、この程度この水準の論点区別もできない低能と、敢えて区別をごっちゃにしてきよるボケナスとのせいで、議論になっていない。まあそれでいいのだろう。アホは議論にかこつけて口喧嘩をしたいだけなのだから、それは勝ちも負けもない「議論」に勝ち負けをホザいている時点で判ることなのだから、アホにはアホ用のアホを与えておけばよいことなのだから、結局そんなもんなのだから。)

またもちろん徹底的に一面的な事を書くが、人類という動物に一面的以外の事を言う能力などない(ことを知らないバカが今日も「中立」「公平」「バランス」をホザき、その実自分に都合のイイことを言ってもらいたがっているだけであるが)以上そんなことをいちいち断る必要などない

げに、口のきき方というものをわきまえたいものである。

 

青春の稲妻

青春の稲妻

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よく「健康」や「環境」に関する行動や食品や購買傾向や物品アイテムやライフスタイルやフロアタイルや実践者をバカにしたがるバカが湧くが、こいつらがバカなのはもうよーわかった既成事実だとしていいとして、問題は行動学であって、なぜこいつらバカどもは難癖を付け必死に揶揄し死に物狂いで嘲笑しようとヤッキになるのだろうか。何がバカたちを駆り立てるものなのか。

それは、余裕をつくろっている奴にこそ顕著なもの、不安や自  己  不信である。なぜバカは、健康系食品を必死であげつらい、健康意識を必死でおちょくり、環境系に興味がないことを必死で聞いてもらいたがり書き込みしゃべり、環境系危機ありません論に必死でしがみつき、健康や環境にコミットしている人々や集団や傾向に必死で噛みつき、これらの人々や実践が間違っているだとか危険だとかトンチンカンだとかいう論証やデータという名の念仏を年がら年中必死で繰り返すのかというと、そういうのが正しくて自分たちが間違っている気がするから、そんな指摘を突き付けられてガクガクに動揺しているからである。バカは、あわれにも、不安なのである。

こいつらは自分たちの不健康まっしぐら生活が不安なのである。自分たちの不摂生や生活習慣病習慣やゴミ食品が実は不安でコワくて心配でたまらんのである。いやそこまで思ってるならマシなほうで、不安ですらないほどのアホ、幼時から今までに続けてきた生活習慣、家庭で植え付けられた生活方法、こんな《刷り込み》をただただ変えることが出来ない単なる無能低能無能力のアホ未満が大部分だろう。しかしこいつらアホよりなお下も含めて、すべて話は同じである。

こいつらは自分を否定されたくないだけ、自分がやっていることがマチガっていないよ♡と言ってもらいたいだけ、自分のことを保証してもらいたいだけ、そういう原始的幼児的段階のオツムで生きている。そうだから、環境や健康に関して出てくる新しい知見や実践が、とってもうとましくいとわしい。健康に関する様々な言説は、自分のことを否定してくるものである。健康系意識ナントカ系の人たちが居ると、その人たちの存在が自分らへの反論になってしまう。自分たちのとは違うライフスタイルは、自分たちをオビヤカす脅威であり、自分たちのヌクヌクぬるま湯に注がれる熱湯である。だからそういうのに反応する。

自分がたばこを吸ってたいから、健康上問題だという話をすべて無視し、できなければ反論し、健康上問題ない的なデータを確証バイアスで必死に探し、できなければ揶揄し、できなければ開き直ってテメエの肺胞からのきったねえ汚染呼出煙を吐き散らす。自分が、畜産業でウシブタトリ等々が身の毛もよだつ虐待(同然の扱い)をされ生きたまま捌かれているのが実はイヤで実はツラいから、そしてそんなようなことをしなくてもヒト生体は生きていけるらしい事を何となくウスラボンヤリは知らなくもないものだから、そうだからこそ、生き物を殺して食べるのは当然だよ・あなただって肉を食べてるでしょ・じゃあ何を食べて…云々のまったく論点外れのトンチンカンを必死でホザき立てる。もしそうでないなら、このような似非自然摂理論をさかしらにホザいたりなどせず、自分が人類の食性の究極の本当に関しては無知であることをハッキリ公明正大に認め、畜産業が残酷で動物が苦痛に満ちていることを隠し立てなく直視して、自分が虐殺者の一味であるとの名札を正々堂々と貼って、それでむしゃむしゃ食っている、そうなっているはずである。(ものすごくどうでもいいことを書くと、本文文責者などは、そうして肉食している、バックバクな。ついでにジャンクフード食いまくりだ。しかしベジタリアン系ビーガン系が正しくて他が間違っているとハッキリ思っているし公言している。自分にできないことを嫉妬するクズにはならんとこな。)悪事の自覚がある者ほどゴチャゴチャゴチャゴチャ自分正当化に走るものであることを、まさにこいつらこそが大好きそうな歴史上「悪」人たちをエラそうに裁く数々の書籍類読み物類からよくよく知っているはずなのに、同じことをしているのである。

全部、自分ちゃんをヨイコヨイコしたげたいから、自分にまちがってないよと言い聞かせたいから、自分を否定したくないされたくないから、てめえ個人の個人的なチンケな(単なる)認知的不協和をなんとかして解消したいから、それで、それだけで、アホたちは、噛みついてくるのであり、必死に攻撃してくるのである。

いま、何も考えないアホたちが脊髄反射でホザいてきた「嫌なら見るな」というのが成り立たないことであってイヤなものだからこそ見てしまいそこに来てしまいそこに入りびたってしまうものなのであるという事実、こういう、アホには理解も想像も接触もできない現実リアルの事実、これをいま敢えてふまえないでアホの言い分に沿った言い方をしておくと、そんなに健康や環境に文句があるのならこの話題に一切関わって来なければいいだけのことであり、一切かかわらなくて何の支障も変更もなくて済むはずのお前の生活を好きなだけ続けてくれたらいいというだけのことなのであって、文句のある奴言っている奴というのは「嫌」なのにわざわざ「見」に来て入り浸ってどっぷりハマっているアホ、そんな信じ難い級のアホなのである。(もう1個ネット上ヒトモドキ間で流行った言い方をしておくと、「こっちみんな」とはまさにこれをホザいてるアホこそが言われて然るべきことである。おまえこそこっち見んなバカ。)

そう、そこの書き込みもそこのアップ者もそこの売文論者もそこの漫画家もそこの市井人もそこのブログもそこの動画もそこのレビュアーもそこの読者もそこの渡り鳥も公園の水飲み場もどこのアホもここのチンコも、気に入らないのなら見に来なくていいし知りに来なくていいし反論しに来なくていいし、どうぞ自分の  喫  排煙・自分の肉食・自分の不摂生・自分の不健康・自分の環境破壊・自分の排ガス増量運動・自分の環境汚染・自分のジャンクフード・自分の牛乳・自分の社会問題・自分のマチガイ・自分のセルフフェラ等々々々々を好きなだけ続けてくれたらいいことである。そうやって、例えば、現在様々に批判され疑われるようになっている医療機関・医療行為・医療体制にどっぷり浸かってくれたらいいのであり、医薬なり薬剤なりをじゃんじゃん飲んだらいいのであり、そうならず自分の生活で一生健康なのならまた勝手にそうしていればいいのである。肉食喫煙飲酒無運動こそ健康長寿と思うのなら勝手にそう思ったらいいのでありその確証バイアスに都合いいハナシを集めてりゃいいのでありその確信願望に都合よくテメエと現実を歪めて見てたらいいのであり、つまり勝手に1人でやってりゃいいのである。それだけのことだ。それなのに、アホは、健康系環境系の人らに悪魔で噛みつく。そう、あくまで、自分に自信がないからだ。確信と自信があれば何を言われてもアンチられても平気の平然だろう。バカは違う。不安でたまらないから、自分を否定してくるもの、自分への反論になっている存在が気になってタマらないのである。

アワレで滑稽でアホ丸出しだろうが、いやいやまさにそうなのである。こいつらが健康系環境系「意識」系の人をバカにして描いて揶揄するそのコッケイな内容、これは、こいつら自身のコッケイでアホでマヌケで終わってる醜態の裏返しそのものなのである。こいつら自身がミットモないから、こいつら自身が負けに負けているから、必死の懸命の躍起で相手をどうにかこうにかミットモないものと描き、負けていて終わっているものと決めつけ、冷静さを欠いていていつか時代に判決されるものと微笑み見下すのである、自分たち自身が冷静のレの字もなく時代に取り残されていて微笑むどころか口角泡でブクブクになってるものだから。

わかりやすく言おう、自分というのがあるなら、反対の人々を相手にしないという能力が有る。少なくとも、そうでないならそうでないと自認自覚公言公認できるだけの自分力(りょく)ぐらいは有りたいものだ。例えば、環境系健康系「意識」系ついでに断捨離系等々の人らは大方がそうなっている。自分らの反対の人らを必死に否定したり必死に揶揄したりなどしていない。自若としたもんだ。一方不健康大好き高額医療費支払い大好き環境汚染系大好きの旧来人類は、必死で噛みついてくる。完全に依存している形だ。こいつらは、環境運動がないと、環境思想がないと、菜食主義がないと、清貧無欲がないと、つまり新しいものや自分らを否定するかのようなものがないと、反論ビジネスができず、自分を確認できず、否定オナニーができず、自分のクソ人生のヒマつぶしが出来ず、何の自信(だとして)も持てない。否定に必死になっているバカというのは、相手に依存しているのでありオンブしているのであり相手がいないと生きていけないアワレなうんこなのである。そしてもう一度言うと、自分らがそのようであるからこそ、相手を、騙されててファビョっててラリっているものとして描くのである。

逆説かましといたろ:アホには鏡に映ったアホしか見えない

 

クリスマスイブに泣かないように

クリスマスイブに泣かないように

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