地上最強のブログ

しばいてくぞ

私の読書歴⑤~『トキを食べる少女』『ニューヨーク東8番丁目の夕日』『強力な純愛』『マル暴な純トロ』『炎のシンナー』『博士の異常な性格』『そして出不精と森へ』『〇っ玉おっ母とそのムスコたち』『純粋理性悲惨』『判断力を批判すんな』『壁と共に去りぬ』~

 

前回の記事から

「気」にたぐいするものは1ミクロンも存在しない。「心」的なものはすべて大脳の妄念。何を侮辱されようがコトバにすぎず、たとえ土下座させられようと、強制退会させられようと、生体や書類の物理運動にすぎない。好かれようが疎まれようが、愛されようが憎まれようが、ホルモンの分泌にすぎない。なんぼ呪っても、まったくカンゼンに、無駄でしかない。法体系は社会維持のためのもの(俗説)だから、犯罪は悪いものではなくて、罰せられるだけのものである。この宇宙のどこをほじくりツツき返しても、「悪」など出てこない。もちろん、善など存在しない。プーラナ・カッサパが真実真相。

愛してるとか、愛してたとか

愛してるとか、愛してたとか

フルマリオンSKE48)

  • 発売日: 2015/11/25
  • メディア: MP3 ダウンロード

しかし、そこまではなかなか思い切れていなかった。自分なら、どこの出自で何人(じん)だろうとどうでもいいし、死後に墓や葬式は断じてお断りで医学献体臓器提供か海のもくずが希望、イヤな奴の触った物品など平気だし、盛り飯に箸をぶっ刺しているし、ありとあらゆる挨拶だの時候だの時事だのを全拒絶しているし、写真やアルバムなどは一切持っていない(卒アルは焼いたものだ)し、食べ物など養殖でも組み換えでも気にしないし培養でぜんぜんいいし、昆虫食にひとっかけらの疑問もなく逆に虫の気持ち悪さは思い込みの固執でしかないと看破しているし、…… 等々という者であるのだが、それでも、すべてを完全に科学的に見るところまでは踏み切れていなかった。

完全に科学的に見たら、すべてが原子の無意味な配置と遊動となる(そして真実はそうなのである)。この本の著者は、そんな虚無観に陥らないようにスーパーセンスを肯定的に捉えてこれで以って人生と人間がかろうじて意味に繋ぎ止められているという話に持って行こうとしているようなのだが、読者としては、そんな風に読んでも仕方がないだろう。そんなん結局、迷信を護持しておきたいの!という迷妄に退行するだけだ。そんなお前の精神的オ〇ニーなど 腐臭しかしない。

そうではなく、この本の著者が、そうでないにしても読者としては、スーパーセンスを心からバカにし尽くしているものとしたほうが、ゼッタイにいい。そんなものはハナの始めっから一顧だに値しないヒトザル錯覚だという前提、そんな決めつけ前提で話をしていると考えたほうがいい。そのほうが面白い。肯定的に捉えているようでありながら、超越しているものや本質やそれ自体のものといったものをほとんど憐憫すらしながら著述している、そういう ものっすんごいイロニーで書いた本、そう見たほうがいい。そのほうが断然面白い。『スーパーセンス』は「スーパーセンス」に最終判決を下した本だと、そう考えよう。

その前提で、今一度身の回りのものを捉え直してみよう。

  • 本書には、アイルランドの「」の話が出てくる(ググったら紹介記事が出る)。これをありがたがる原始人のおかげでビジネスが成り立っているという話。迷妄の退行原人たちが、ただの土壌になんぼでもカネ出しよるのである。たしかに、占いが市場規模1兆円だもんな!!!!(予備予備予備2016年から言われているようだが、「スピリチュアル」が1兆円だとも2015年の記事にある)。
    何かを思い出すだろ。そう、「甲子園の土」だ…。「球児」たちの夢?それは、ドラキュラの棺を満たす土とどう違うの?違わないよな。そこにグラウンドの思いが籠るんだよな、トランシルヴァニアの思いが籠るように。そこに思い出や霊気が籠るんだよ。そこに「青春」や「祖国」が籠るんだよ。そこにナニカがとにかく籠るんだよ。ほとんど涙ぐましいほどアワレだが、彼らは信じているのである、その土は特別なんだと。それには、何かの本質が宿る。そんな土なら、カネ払って買うよな。詰めて持って帰るよな。
    そんなもんだよ。水道水を煮沸しとけば《山麓の水》として売れるよ(「水素水」詐欺のほうがマシかな?)。「甲子園の土」も、そこらへんのを拾って瓶に詰めてラベルだけ貼って販売したら、案外売れるかも知れんぞ。
    確実に売れるものなら有る。愚かな記念品を思い出してもいいし、まだ無い販売を計画してもいい。例えば、「」。〇〇人の「血」、皇族の「血」、「親」の「血」(あのさ、「親」ほど無意味なものは無いよ、人類はもう家族から解放されたらどうなん?)。欧米言語は「青い血」などと抜かすアホ言語だ。血というただのメトニミーにも、ヒトというサルなら、騙されてくれる。だから血を販売したらというアイデアがありうるわけである。こちらは年収億ドルのベンチャー社長の血でございますとパック詰めしたら、ゼッタイ売れる。請け合う。あ、自己責任で
    よし、ちょっと「土俵の土」売ってくるわ!!
  • 原始人が貝殻を尊ぶと、嗤えるだろう。真面目な顔だけはするだろうが、文化人類学的マナーでそうしてるだけで、本当は、貝殻なんてwwwと思うだろう。私は、思う。サンゴに対しても、思えてきた。キチガイじみてサンゴの保護に狂奔しているが、それは、絶対の天地神明に、生態学的に完全に実証された上で、そこまで思い遣りを注がなければならないものなのか?そんなにサンゴって傷1つ付けたらあかんものなのか?(散歩として自転車で引きずり回されている犬(動物虐待罪)も傷ついてるわ♡)もちろん、そうだろう。当然、他のものも、そうだ。他の、ぜんぜん思い遣られていず保護されていない無数の生物・民族・言語・習慣・文物・思想・作品に関しても、そうだ。サンゴ保護に情熱が偏っている分だけ他の事柄がおろそかになっていては、阿呆だよな。それは保護ではなく保護ゴッコだ。民間人1人がサンゴの1かけらを指先で削ろうとしたら発狂する者が、超大企業数社が巨大重機数百台で熱帯林をなんとかドーム単位で大伐採していることには何の声も上げないことなど、さして珍しくない。
    うむ、イルカ(とクジラ)だけは必死に保護して人類食糧の魚類には無頓着のアホ人間、1匹の漂流犬に何万と寄付して殺処分の数十万匹は見て見ぬふりというアホ人類、こいつらがアホで間違っていることだけは、絶対の天地神明に、完全に実証されている。

次回の記事に続く