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しばいてくぞ

オン・ザ・ブルシット (4)

夢の河

夢の河

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  • 発売日: 2013/12/11
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前回の記事から

メーバよりも一切何も考えず寝て起きて食べて他人の蓄音機・他人の蓄文機・他人の蓄糞機を続ける、そんな一生なのだから。それが事実に照応しているかいないかなど全く考えない。

(ちなみにメモリつまりDRAMと言えば、この記事で詳述しているが、意味がカンちがいされている。例えば、増設で「速」くはならない。もし、プラセボでも錯覚(ほとんどの奴がプラセボや錯覚)でもなくて、劇的に速くなったよと言うのなら、それは、「速」くなったのではなくて、瀕死だったPCが元に戻っただけ。そんなんは、動作の「改善」ではない。あと若干違う話だが、どんなデバイスでもいいがどこの誰もすぐDRAM容量に注目したがりよるが、DRAM容量など大して要らない。それが沢山ほしいのは、アプリやタブやファイルやソフトをこまめに閉じることが出来ないズボラのアホだからで、OS上でいろんなもんばかばかダラダラ開いてるアホだからで、そんな自分でなんぼでも改善できるグータラ状態を勝手に前提しているだけのアホだからである。世のメモリ容量もっとほしいよ話の大半が、ダラシなくて無精で散らかしっぱなしでやりっぱなしで自己管理できないアホカス人間どもの自己都合自己勝手のハナシにすぎない。)

そうして、《筋トレはM》とアホがホザき、アホが口真似し、アホが信じ、事実がまったく異なる少なくとも一定レベル以上の筋肥大追及はサディズムでヒロイズムだ「マゾ」大好き「M」大好きどこぞ国民のキモ趣味キモ語用を勝手に物事に押し付けないようにしよな。

 

ここでも書いたが映画やドラマや再現映像などのマジメ向きの映像作品の中で俳優がクソ喋ってくさってるエセ関西弁が侮辱行為なのであって、芸人等が笑いにしたりバカにしたりする(というテイで)やっている関西弁モノマネはまったく悪いものではないし似ていなくない。これに関して思い出したが、もっと広範囲というか世界中でされている言語侮辱としてハリウッド系映画がやってる侮辱行為がある。よくあるだろ、日本語ネイティブの設定の奴が出てきて、それが、日本語をバカにしてるのかとしか言えないガイジン日本語ってなこと(それにしてもアメ公のヘタクソ日本語て妙に不愉快だよな)。実際バカにしてるのだろう、来日する俳優の、お前もうほんの5分多めにだけでも練習したらええやろと言いたくなるヒッドいガイジン日本語のクソ挨拶を聞いたらわかる。そしてこいつらの風采格好のひどいことときたら。日本人の前に出る姿などこんなもんで十分と思ってるのだろうか。それを疑問にする者など誰もいず、浮浪者の身なりの侮辱日本語のセレブ(白人に限る)にのぼせ上がるばかりの国民。あくまで今の日本人は(代表的アジア侵略者の)マッカーサーと並んで写っている昭和天皇なのである。

とはいえハリウッド系映画(の特に偏差値の低いの)が他国他地域の言語や国民や文化や習俗を描写したり取り入れたりする時は大抵がこんなようなもので、バカにしているとしか思えない無知で低級なものになっている。こんな奴らだからこそこっちからもバカにしたったらええのである。日本のテレビで白人デカ鼻をひっつけて白人に扮するのがあるがこれだとこういう鼻の人々全体をバカにしてしまうので勿論やってはいかんことだが、しかし、特にアメ公を対象にしている滑稽扮装や滑稽真似があるならそれは全然いいことであろう。あるならどんどんやったらいいものである。

こんなことを言う者などいないが、言うのが憚られるからというより、問題意識を持ってすらいないからだろう。メディアついでに言っておこう。この記事で書いたように、マジメ向きのテレビ番組がどれも心底カスのゴミである。

例えば、本に書いてあることを希釈して希釈して希釈して、低俗化して骨抜きして子供向けに映像と音でコンテンツにして放映しているというだけのゴミが、教養系番組。中には欧米番組を直輸入して吹き替えただけのも大量にあったしあ

憧れのポップスター

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るが、ネットの時代の今にそんな子供ダマしは通じんはずなのだが、国民とは蒙昧愚昧でいることが大好きな生き物だから、相も変わらずダマされ続け、果ては、実につべ上でも欧米動画丸パクりのクズが横行し誰も何とも思っていない有様である。

他に、討論番組政治番組のような無意味以外の何でもないゴミ未満などはどうでもいいとして、ニュース番組なども、「情報」以外の意味がひとかけらのクソかけらもなく、見たところでカシコくなる効能など金輪際ない。というか存在しなくてもいい。字と映像を配信したらそれでいい。スタジオがあってキャスターたちが居てデスクに着いてニュースを読み上げてゲストが意見を言って…というニュース番組の伝統には、別に何の意味もない。もともと欧米のモノマネだ。伝統芸能でしかなく、何の機能も果たさない。

ついでに言っとくが新聞もまったく同様だ。そもそも何かを定期購入することが企業の奴隷になるアホ行為なのだがそれは措いても、新聞「をとって」その厚みある紙面たちをしっかり読んでを毎日繰り返してそのコンテンツから膨大な知識を得てとしていても、これを半世紀続けても、0.00クソかけらもカシコくならない。新聞など1000億ページ読んでも教養には永遠に近付かない。知識なんてのはどこでも何に関してもある。テントの立て方だってちんこの勃て方だってOSの替え方だって刃物の研ぎ方だって名湯への道順だってバイト作業の手順だって、知識だ。どれも、体系あり階層ある立派な知識だ。何について何をどれだけ知ってるかなど何についてもあることだ。星座を全部言えて戦車銃砲を全部言えて車種車名を全部言えても、今年の出来事200をそらんじれても、世界400名山をランキングできても、それはそれだけのことだ。新聞もまったく同様。あと言っとくと新聞の文章というのは最も大人が読むに値しない無個性「平均」的ゆえに言語ではない言語であって、読んでも読んでも毒でも薬でも糞でも何でもない言語能力語彙「力」が着くだけだ。そんなん着かんでいい。いや文章だけじゃなくてそこで書かれてあることがひたすら世間向け公衆向け流通向け市販向けの無難安直無色透明の安易平均の、それこそ(無味乾燥したという意味での)「知識」に過ぎないのである。みんなが知ってることをみんなと一緒にみんなの中で知ってみんなに発してみんなから反響得て、そんなことしてて楽しいか?

しかしそれがニュースというものの性質なのである。それは、本当の本当は、クソ退屈でクソつまらないものなのである、誰もがお前もがうすうす気付いているように。ではなぜ誰もニュースに飛び付くのかというと、みんなと共有しているからこそ楽しいあれと同じか近い心境を得れるからである、祭りだ。ニュ

ぽんこつブルース(阿部マリア、市川美織、入山杏奈、大場美奈、加藤玲奈、川栄李奈、木崎ゆりあ、木本花音、島崎遥香、島田晴香、高橋朱里、竹内美宥、永尾まりや、松井珠理奈、村重杏奈、矢神久美、山内鈴蘭)

ぽんこつブルース

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ースとはただのお祭りなのである。ニュースが楽しいのは祭りが楽しいことと同義であり後者があってかろうじて前者がある。その祭りというのも、群棲動物の欲求を満たすための装置であって到底カシコいものではない。上等なものではない。この動物のシモの充足をみっともいいとおもわないように、祭りもみっともいいものではないし、その悦びや文化の必然性はチンチンをしこしこする生理とまったく等しい。そう、シコシコもワッショイも今日のニュースも、食って寝て垂れると並ぶ生理なのである。上等なものではない。上等だぜ。という

次回の記事に続く