地上最強のブログ

しばいてくぞ

直感に反するニーチェ

 

前回の記事から

してその将来の人間も何らかの過程であっていやそもそも「これが完成」というような不変のひとかたまりの「人間」という単位は存在しないというのが根本の着想である。これがニーチェ思想だ。ついつい偉人思想やヒロイズムと間違われてしまうが、そんなものでは全くない。

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さてそんな「死」の世界と誤解されている本当は生そのものの世界だが、これに関しては近くに位置する次の断片が分かりやすい。

Wir können nur intellektuelle Vorgänge begreifen: also an der Materie das, was sichtbar hörbar fühlbar wird — werden kann! d.h. wir begreifen unsere Veränderungen im Sehen, Hören, Fühlen, welche dabei entstehen. Wofür wir keine Sinne haben, <das> existirt für uns nicht — aber deshalb braucht die Welt nicht zu Ende zu sein. Elektricität — z.B. unser Sinn sehr schwach entwickelt. — Auch an einer Leidenschaft, einem Triebe begreifen wir nur den intellektuellen Vorgang daran — nicht das physiologische, wesentliche, sondern das Bischen Empfindung dabei. Alles zu Willen aufzulösen — sehr naive Verdrehung! — da freilich wäre alles verständlicher! Das war aber immer die Tendenz, alles in einen intellektuellen oder empfindenden Vorgang zu reduziren — z.B. auf Zwecke usw.

(Nietzsche, 1881,11[75])

 

(物質に起きていることをすべて知覚することは出来ない。認知の網に引っかかるもの、見えて聞こえて触われてするものしか捉えることができない。つまり知覚とは知覚自身のイベントを知覚しているだけ、なのである。感覚器官に対応しないものは存在しないことにすらなる。それはただ対応していないというだけで無いわけではないのに。例えば電気、この物理現象上に起きていることはほとんど全く知覚できない。これはヒト自身の感情や欲求などもそうで、それらは本当はよく分かっていなくて、記述できる限りが理解されているにすぎない。見えて聞こえてする部分だけがどうのこうの言われ思われているにすぎない。その実際のプロセスは、なーも分かってない。それどころかヒト認知の阿呆は、何事であれ物事とは何かに向かっていると妄念し出す。そんなんは原始人レベルの発想だが、錯覚しておくと色んなものが説明ついて考えなくて済むのである。何かに向かっているというのはそれを観察したり記述したりはできる。簡単なお仕事です。しかしそれは認知の悪癖にすぎない。)

もう一度言うと、知覚とは知覚が変化していることを知覚するだけのものである。脳は外界でなくもっぱら脳に起きていることをモニターしコントロールしフィードバックするだけの器官という現代脳科学の見解と驚くほど符号している。

 

ここまでずっと見てきている文章たち、通底するテーマが逆転である。通常の理解に対してそれが物事を逆にしている間違ったものだと指摘するのが、ニーチェの語り口調の最大の特徴である。そういう風に日々考えていると、どうやら、現代科学に直結する見解に達するようだ。それはそうだろう。科学や知識の発見が、現実が【直感に反する】ものであるということの発見だからだ。直感では、太陽が公転している。直感では、地球は平らだ。直感では、数学体系には矛盾が含まれない。直感では、飛行機型の物体が飛べるわけがない。直感では、こんだけ広けりゃどっかに地球外生命がいそうである。直感では、性格が血液型に対応していそうで、霊がそこらにいそうで、フードファイト食べ物がもったいなそうである。霊と言えば、もうこのシリーズだいぶ飽きてきたんでそろそろ清宮レイの話しようぜ。

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だからまさに直感でそうだと思えることが誤りだという思考に慣れなければならないところであり、もっというと、そうだと思われていることがまずほとんどすべて誤りであり180度反対が真であることに慣れなければならない。

そういう風に考える習慣だった人は、進んだ科学の見解に達し、例えば情動・感情=身体知覚説なども理解できていたりする:

Was ist Moralität! Ein Mensch, ein Volk hat eine physiologische Veränderung erlitten, empfindet diese im Gemeingefühl und deutet sie sich in der Sprache seiner Affekte und nach dem Grade seiner Kenntnisse aus, ohne zu merken, daß der Sitz der Veränderung in der Physis ist. Wie als ob einer Hunger hat und meint, mit Begriffen und Gebräuchen, mit Lob und Tadel ihn zu beschwichtigen!

(Nietzsche, 1881,11[103])

 

(自分がどこを原因としてものを考えているかも知らないだろう。実は心でなく体に起きているだけのことでも、ボッケ

次回の記事に続く