地上最強のブログ

しばいてくぞ

現代日本語講座(9) ~君に贈る花がない~

虫ハ・狩リタイ時ニ・狩ル・ソレダケ・ダ

 

前回の記事から 

いで淀川を(で)泳いで163号線を走って85ミリヘクトパスカルの薩摩芋畑を「まなざし」で耕したと言ったと言われているという。
 「こ」と大体氏はぼくに言「こ」わ「て」れ「゛」た「人」。「一なのは~ヲ泳グという4格支配の用法と~デ泳グという3格支配の用法の区別だね~ヲ泳グという4格支配ではどれだけを泳いだかが主に注目されているからsein支配で完了して~デ泳グという3格支配の用法だと泳ぎの行為のほうが注目されているからhaben支配で完了しているのだねだねけれども

Der Duden in 12 Banden: 4 - Die Grammatik

Der Duden in 12 Banden: 4 - Die Grammatik

  • 作者: Renate Luscher
  • 出版社/メーカー: Bibliographisches Institut & FA Brockhaus AG
  • 発売日: 2016/08/01

の第660項(475頁)によると後者でもsein支配によって完了されることができられるし現代ではこの用法が優勢を占められるようになっているだねただしよぽっど行為性が前面に出ている時にはhaben支配で完了されるのであるそうだねけれどもsitzen・stehen・liegenなどではsein支配完了が南独・墺・瑞で用いられるようになっているのだねおんどれしばきまわすど」
 すると土足君は立ち上が欲望した。
 「明らかにスゴいものを前にしながら必死で無関心を装うバカ

  • ヤバイ内容を扱っている勇気ある動画を観ていながらコメント欄にひたすらどうでもいいことだけを書くバカ
  • 見るからに《なにかやってる》ビッグな人が視界に入っているのにどこ吹く風と必死でシラを切っているバカ
  • 強いショックを受けているくせにあたかも気楽なコンテンツででもあるかのような反応をするバカ
  • 思い出すのもツラい深刻な内容に動揺しているクセに話と関係ないどうでもいいことを取り立てて喋り出したりコメ欄に書きこんだりするバカ
  • ちょっと偉業や偉人のことを聞かされたらすぐ《ああ世の中にはそんな人もいるんでしょうねまあ私は私ですから》とバカ丸出しの動揺隠しに走るバカ
  • えげつない内容に打ちのめされているくせに素直に感想を吐露することもせずにさかしらで見え透いた程度の低い評論()を書き出すバカ
  • 世の中にこんな残酷なことがあるのかと深く傷ついているクセにその映像に対して高みの見物を決めこむ決めこめてると錯覚している真正弱虫ヘタレのアホ
  • 押し寄せる絢爛豪華なコンテンツに圧倒されているクセにもう食傷気味ですよと言わんばかりの平然を装うバカ
  • 素直に驚きの声を上げジェスチャーで表すということがまったく出来ず涼しい顔を必死に張り付けている「クール」バカ
  • その界隈で類まれな業績を成している人しかもその本人自身からその業績を聞かしてもらってすらああそうなのですかとポーカフェイスに逃げ込むようなバカ
  • 自分の日常感や価値観が揺さぶられているクセにそんなものはありふれてますよ見飽きましたよという態度を決め込んで裏で泣いて吐いて一生忘れられてないバカ

これらのバカを含むのようなバカのアホのゴミのクズがなぜ湧くのかというと、つまり、こういった、お前らにいやというほど心当たりのある(そしてお前らであるところの)バカが何なのかというと、こいつらは、ようするに、直面しているスゴいものに対して嫉妬しているのである。ただひたすら嫉妬、昼も夜も嫉妬、誰にも彼にも嫉妬、何にもかんにも嫉妬、この呆れ果てた×9000にも呆れ果てたアホの5億乗、アホの境地にしてバカの最終最期、こんなものが日常の常態になってしまっているのが、人類という宇宙一アホな痴的生命である。」
 「筆者」の身体によって摂られた盗られた昼食後の間に彼によって運ばれてくる紅琲が啜られねぶられる間に彼によって不満をなすりつけられた予気天報によって今日は雨だがお前らが出かけるなら晴れだろうと謝罪された「筆者」の身体の目の前で見ている前で爪を研いで冴を剥き出しているハンディキャップを負ったパートナーの身体は、だった。
 「晴れの予報で出かけると必ず雨だから晴れの予報で晴れた日と晴れじゃない予報で晴れた日と晴れじゃない予報で雨だった日を必ず
 忘れるのは損失回避の心理のためであるだねだから晴れじゃない
 予報ではない晴れの予報じゃない日に出かけて晴れか雨か晴れじゃないか雨じゃないかを考え合わせると4象限でも済まなくなるのであるだねつまり考えれば考
 えるほどどいつもこいつも何もろくすっぽ考えていないのだねこんなチンパン人に確率などというものはその初歩ですら理解することは「過剰」であるからサイコロを振って5回連続で5が出て次に5が出る確率はものすごく「低い」のであるが天気予報が雨を降らせ

桜色の空の下で

桜色の空の下で

  • AKB48
  • 発売日: 2013/12/11
  • メディア: MP3 ダウンロード

たり不幸が不幸を物理的に引き起こしたりバチが「当た」ったり気の流れがウンタラを信じているような世界一迷信心深い国民に何を説いても無駄であるから説くのである。」
 一切よどみなく完全にこの通りに喋られた「筆者」の身体によってバターを塗った犬を落とすと必ずバターを塗った面が上を向かない「過剰」が考えてられていると考えているハンディキャップを負ったパートナーは後足で頭をばりばりと掻くと家を飛び出して家から飛び出そうと「するために」「ふたたび」飛び出された家への顧慮を伴った「筆者」の身体によって押しとどめたがられていた。ほ
 ゛くの身体は目から泡を吹いて尻から汗を流して足の裏を真っ赤にして脇息を荒げられると腕を投げつけるとハンディキャップを負ったパートナーは頭を抜いて投げ付けてきてぼくの躰はまなざしをすっぽ抜いて投げ付けるとハンディキャップを負ったパートナーは脚を抜いて投げ付けてきてぼくの身体は脳を抜いて投げ付けてきてハンディキャップを負ったパートナーは肋骨を投げ付けて行ってぼくの身体は肝臓と大腸を投げつけてきてハンディキャップを負ったパートナーは全身の血液を噴き出してきてぼくの身体はハンディキャップを負ったパートナーの眼球を自分の眼窩に収めてハンディキャップを負ったパートナーの脚を頭蓋骨に差し込んで日の丸を背負って眼鏡を掛けてネクタイを締めて軍刀を抜いてロウソクを乳首に刺してエンジンのキーを回すと、ボルボックXC90はパゴスV60と並走して走った。
 「↑ これは光景な滑稽に見えるかもしれないが、民話や神話や昔話や「短篇」などではこんなんばっかりである。登場生物たちは自分の肉をどんだけ食べられても生きているし身体器官がおもちゃみたいである。民話や神話や昔話や「短篇」などは解剖知識がゼロのアホの池沼が語り書くものである。読んでて明白にイライラする。これはこんなものだと割り切れている一般人はテメエのオツムで考えてない感じていないだけのアホにすぎない。」
 大体氏は17年前のあの日のことを自己責任していた。
 そのあの日のことが思い返されるとそのあのそのそれがそれをされた段落の次の段落でそのあの日の翌日のことが思い返され、そのあのそのそれの翌日のそれの昼になって屋敷から迎えが来たことが思い返され、その日のそのときにそこからそれがそうしたことがそうされたことがきっかけになってその日の4年後に父がたっかい高っい他界を郊外で競り落とすことになること
 が思い返されて、そのそれのその年後に彼がそれほどのそれをそこでそうするそれになることがそうされると、その同じ年に双子の兄嫁と転嫁が鬼稼と結婚して任振して親族一同消失と800億円の借金を背負うことになる「おめでた」になることが思い返され、そのその年にその彼女がそれしてそれして彼らがそうしてそれをそうすることになるそれになるそれが思い返された次
 にはその時に自分がどう思っていたかを寸分の狂いもなく精確に思い返され、
 そうした後に翌年に準備をしたために可能となった引っ越しをすることによる翌年の引っ越しが思い返され、
 その後に震災に見舞われて見舞いの天災か地災を家裁に選ぶように選ばされた12年前の11月13日14時32分43秒のことが日記も何の記録もなく都合よく思い返されてしかも《その時何を感じていたか》というのは最も記憶変容を被る記憶であるのにもかわからずその時何を感じていたかが自信たっぷりに正確正鵠にと言わんばかりに思い返され、しかもよりによってそれらすべてが書き記され本当のこととして出版され読者によってすべて本当のこととして受け取られる。

2人だけの記憶

2人だけの記憶

  • 高城亜樹
  • 発売日: 2014/10/01
  • メディア: MP3 ダウンロード
memory

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  • 河西智美
  • 発売日: 2014/09/17
  • メディア: MP3 ダウンロード
半分の記憶

半分の記憶

  • けやき坂46
  • 発売日: 2018/06/20
  • メディア: MP3 ダウンロード

「ハッキリ言って、確かにこうだと思い出せることというのは、【〇〇があった、状況証拠からそれがXX年前だとは一応わかるがその「XX年」を感覚で受け止めることはできないしその時の風景や境遇などぜんぜん出て来ない】だとか、【両親や知人どもが居た、それだけであって、そいつらがいつの時にどんな顔で何をやってたかを映像よろしく思い出すことなどは金輪際できない】だとかいったことにすぎず、極めて抽象的・瞬間的・記述的な印象に限られるのであって、したがって、自伝や伝記は固よりネット上の膨大無数魑魅魍魎阿呆間抜けの〇〇話怪談「書いてみる^q^」からちまき巷間の何億冊の出版物上の思い出して書いている文章、これらのすべて全部自己責任が、ただのひとかけらも「実際にあった」ことを書いているものではなく脳がオツムが作話するままに垂れ流している自己責任で

次回の記事に続く