地上最強のブログ

しばいてくぞ

私の読書歴①~『ゴジラ対ツァラトゥストラ』『人事原理論』『そして誰も来なくなった』『延々交響楽(田楽)』『ハイラスと吉村の三つの対話』『マイクロソフト対コカコーラ』『ファイヤーフォックス vs. キングゴリラ』『バットマン対マラソンマン』~

 

前回の記事から

汚音を立てるなどして鼻をすするなどする非人のクズなどがおるが、単に無神経なだけでやっている奴は大した問題ではなくて、周りをイシキして「ワイルドな俺かっけー」と思ってやってるガキ(漫画の「グスッ」というあれだ)どものほうが問題であって、事実これをやるのは極東列島生息の10~20台の牡ヒトザルに限られているものだが、こういった事を認識している者が見当たらない。ググると、結構多くの人が気にしていることが分かる

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が、他の哺乳類を引き合いに出す動物侮辱罪のカスどもや、すぐ病気や疾患を持ち出してくるマト外れバカが、声の大半を占めてしまっている。

 

ちなみに制御工学というと

も結構おもしろい。どのみち、素人にはひとかけらも付いて行けない分野なのだから、 平易に語ってくれるのがイチバンである。

 

好きということは…

好きということは…

日向坂46

  • 発売日: 2020/02/19
  • メディア: MP3 ダウンロード

 

つまり、本というのは、人間というのが大したことない奴らでマヌケな動物種にすぎないことを述べ立てていればいるほど面白いのである。その行動や「知」能が神秘的な本質でも何でもなく宇宙内部での環境への反応にすぎないということを暴露してくれる内容。それは、特別なものではない。

いや、特別なものであってもいいが、それなら、他のものも全部だ。

例えば、

こういった本が、今のご時世の今のいまだに、人間のプロパティがいかに独自であるかということを、それがいかに他の動物に無いことかノロケにノロケながら自慢たらたらと述べているのだが、こういったカン違いを是正して言うと、それが他の動物に無いこれが近縁種には無いあれがペットたちには無いだのなんだのいう話は、カスクズほどの価値もない話だし、自慢の種にもならないことである。

自慢と言えば よく「握力」などというクソくだらないものを話題にするバカが湧く(ヒトは手が異常に大好きだからな)が、人間様に固有であらしめられたてまつりゃっしゃるらしい道徳性がどうやら人間陛下様殿ほどには無いらしい類人猿は、ものすごい握力だ(もちろん、身体が単純に発揮できる出力では、咬合力のほうが圧倒的に有力であって、握力なぞは武器としては使い物にならんものでしかなく、だから類人猿も攻撃に際しては噛みつきをする。拳にこだわってるヒトザルがいかに愚かか分かる)。それを自慢してもいいことだ。しかしそんなくだらないものは自慢しても仕方がない、道徳性などというくだらないものを自慢しても仕方がないのと全く同様に。

言っておくが、握力がすんごいのと道徳が高等なのとは、同じ程度のことであり同じ本質であり同じ意味のことである。環境に適応した生体の戦略にすぎない。木にぶらさがるか他個体にぶらさがるかだけの違い。

そう、他人を思いやる「心」♡(*´∀`*)♡♡という能力などのごときは、糞を転がす能力と同列で同価値なもの、一能力にすぎないものである。それが素晴らしいのなら、まったく同等に神の虫も素晴らしい。或いは、フンを丸めて押すことがたかがそれだけのことなのなら、他人との共感や善行為もたかがそれだけのものにすぎない。なぜ虫や猿に憐みが無いのかとウレシがるのは、なぜ直立二足サルは握力が弱くフンで生きていけないのかというのとまったく完全に同じ事柄である。言っても考えてもしょうがない。それが意味があるシーンは、純粋に学術的な場を措いては他にない。ところが当の科学者がヒトの特性の話をするときにはキラキラ目を輝かせよるのである。狂信じみてる。虫や爬虫類を愛し人間に興味ない人々のほうがずっと健康的だ。

何度も言うが、人間の独自性というハナシは、人間にしか無いものを人間にしか無いと言っているだけのことであって、それは、だからといってどうというものでも尊いものでも何でもないし、その種にしか無いものなどどの種にでもいくらでもある。相手が思っていることをこちらが考えていることが相手に割れていることにこちらが気付いていることが相手に知られているらしいと考えることができる能力にせよ 俺はお前が俺を見たのを見たにせよ、それが、羽毛の翼を広げて滑空することに比べて何か特別なことなのだろうか。そんなワケがない。むしろ心の理論より空飛べる能力のほうが欲しいだろ。

次回の記事に続く