地上最強のブログ

しばいてくぞ

私の読書歴③~『ゴリラ爺さん』『臼鯨』『パラサイトマル・アクティビティ』『〇ニスの商人』『カラマーゾフの兄〇』『〇の惑星』『紅の豚400g』『風の谷の土建屋』『アドルフに告る』『俺主席語録』『博士の愛した黒ギャ〇』『マン・オブ・スチール』~

ナギイチ (通常盤Type-C)

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  • NMB48
  • 発売日: 2012/05/09
  • メディア: CD

 

前回の記事から

付いたことのない真実クソドマヌケな間違いが犯されてきた。この話に関しては、全学術・全思想・全文学・全発言・全映像・全宗教・全文化が、間違った前提をしてきている。つまり、ヒトというバカは、人間「と」動物だの、人「と」虫だの、そんな比較をして、間違いに気付かないのである。

阿呆!!「人間」は生物の!!「動物」はだ!!!

「人間」なりヒトなりというのは、カテゴリー「生物」の下のドメインの下のの下のの下のの下のの下のの下のの下の「」、たったこれだけのもの、この極めて限定的で狭小なものを指すにすぎない。

仮に、ミナミアメリカオットセイ「と」動物なり、GeForce GTX 1650 Ti 「と」電子工学なり、中国「と」宇宙なりなどと言ったら、ちゃんと違和感感じるであろうが。

人バカは、人間「と」〇〇などと言うことで、種と類を比較してしまっているのである。初歩的なカテゴリーミステイクなのである、人間「と」〇〇などというのは。

ヒトと比べられるのはヒトと同じであって、よく比べられる虫や恐竜などはもっと上の分類だ。であり上目である。肺魚だって「下綱」だである植物と比べるなど言語道断。ところが、こともあろうか、ドメインである細菌と人類を比較するバカすら居る始末だ。仮にデイノコックス・テルムス「と」生物などと言ったら、どう見てもおかしい比較だろう。それなのに、カテゴリーミステイクに気付かないどころか、愚が昂じる挙げ句の果てには 人類「と」宇宙とまで言い出す始末だ。生物の1つごときがそんな看板背負えるかボケ!!!!

(現存生物と比べても人類は無限に卑小であるが、その現存生物がまた、地球史上全生物の0.1%でしかない。しかも、生物などというものからしてが、やれ「生命」だの「いのち」だのお花畑かぐわしい美名で飾られているものたちが、宇宙全体の事象の中では検出もできないほど微小で瞬間的なマイナー現象にすぎない。ちったぁそのことをわきまえて喋れよ バカ・サピエンスよ。)

が、背負える気がしてしまうのである。人間が「世界」とすら対立できるほど大きいものに見えてしまうのである。単なる生物「種」が、この世のあらゆるあまねく場所にまで拡がっている気がするのである。単なる気でも、アホには気がすべてなのだから、どうしようもない。人類はずっと汎人論をやってるのである。神出現以前から。

これは、ただの生物「種」にニンゲンだのヒトサマだのえらっそうな名前を付けている事実を見てもよくわかることだ。例えば、種同士比較をせえと言っても、ほとんどの学名(特に種レベル)には名前がない。例えば【人間「と」Vesicephalus occidentalis】というのが正しい比較なのだが、何とも言いにくい。このトビムシの種には名前がない。我々サルの種には御大層な名前が(各言語の名詞、そしてその民族自称などまでを加味すると、恐らく何千個も)有るというのに。そして人間様殿下がそんな虫けら(←ほら またそれらしい言葉が用意されてる)ごときに比べられるものではないような気がしてたまらず、この気は科学者であろうと悟達の教祖であろうと神秘蘊奥の詩人であろうとセック久のグルであろうと誰であろうと皆目克服できない。自分しか見えていない者には世界は自分でいっぱいになるのである。それは、(ヒト自身が科学によって解明した)認知上の錯覚にすぎないのだが。

孤独ギター/Team N

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NMB48

  • 発売日: 2017/07/04
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しかもだ!!!!上でリンク貼った過去記事(をまず読んでくれ!!!本記事はいいから!!!) ではまだ言っていなかったことが、この錯覚によって、人間と全世界の対立が成り立つかのような傲慢な誤解が生じる(または、その誤解によって錯覚が生じている?)だけのみならず、反対の意味の誤解も生じる。

つまり、そんな風に人間種の1種ごときを全世界全生物と対立比肩させたら可哀想にもすぎるのである。そりゃ「恐竜」上目と比べたら「人間」種が不利に決まってる(種と言えるのは例えばティラノサウルス・レクスだが、その存続期間とサピエンスの存続期間を比べてこそ初めてまともな比較だ。)一競技団体vs.各国軍隊並みの比較間違いだ。恐竜と比べるなら齧歯類まで含んだ真主齧上目だ。これでやっとどっこいどっこいだ。「恐竜」の数「億年」と「人類」の数十「万年」では、意味が全く違う。

(以上のことに関して、もちろん、科学以前の通俗の「人間」観、低俗心理学低俗生物学低俗物理学よりもなおさらに以前の お粗末極まりない原始オツム(文系バカのおつむ)の中に人類が住んでいる状態の中で言うところのニンゲンというの(例えば「われわれ」の意味の人間、文化人類学の管轄)と、生物学分類上の「種」としてのヒトというのと、これらが区別されなければならないこと、そうウンヌンカンヌンぬかしてくる奴が湧くことぐらい、ようく分かっている。が、そうウレシがって指摘したところで、だか

次回の記事に続く