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恒吉良隆『ニーチェの妹エリーザベト―その実像』(2)

 

前回の記事から 

ニーチェの妹エリーザベトがマンの述べるようなニーチェ哲学の真髄について、深い洞察力を持ち合わせていなかったことは、遺憾なことであった。兄の思想の度外れた豪胆さとそして繊細さに対して、十全に思いを致すことができなかったことは、周知のことに属する。(恒吉良隆ニーチェの妹エリーザベト―その実像』同学社(2009)322頁)

と書いてはいるが、同時に次のようにも書いている:

エリーザベトは兄の著作に、時代の閉塞状況を直視した偉大な思想が含まれていることを直感的に感じ取り、その著作は必ずや世間で広く読まれるようになると確信を抱いた〔繰り返すが、ニーチェほぼ無名の時点で〕。(前掲書179~180頁)

再度、恒吉と共に注記せねばならない。現代では、ニーチェのテキストがどういった内容をしていて、ニーチェの思想がどういうものであって、どういうものとして受容しなければならないかについて、明確で広範な了解が確立されている(だからそれらは全て間違いであると、知性ある人間ならば、すぐに言わなければならないが)。その現代であっても、この人のテキストが本当にどう読めるのかについての議論が尽きない。まして、エリザベトのような時代的・社会的な(がんじがらめの)制約下にあった人、大学(ライプツィヒ)も半年ほど聴講したぐらいという人が、いくら実の兄のものとはいえ、ニーチェのテキストがまだ世に出ていない時点でこれの価値を直観できていて、しかも名だたる専門家たちに囲まれながらそれらのテキストの編集を主体となって数十年間続けていたという事実、ごく素直に見れば、この事実に驚嘆するより他は出来ない筈である。全面的主体性そのものである。

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ところでエリザベトが1870年23歳の時にライプツィヒ大学で約半年聴講をしていたとは恒吉が書いている(前掲書48~49頁)ことであるが、これはエリザベトに関する世に有る記述の中でも滅多にか絶えて言及されない事柄であり、こういった無視されるエリザベトの伝記事項を丁寧に記録している点に本書の大きな価値がある。

いま百歩譲ってエリザベトがニーチェテキストの保存者の枠を何ら出ない人物だと仮定したとしても、その保存自体が永遠の功績である:

ニーチェの妹エリーザベトは、すでに述べたようにたいへん兄想いで、性格は気丈、才気煥発で、活動欲にあふれた、まれに見る女丈夫であった。ニーチェ哲学がまだ巷間に知られていなかった時期に、「ニーチェ運動」を精力的に推し進めて、いわゆるニーチェ・ブームを出現させ、そして「ニーチェ学」の基盤を築いたことは、何はさておきエリーザベトの最大の功績であった。〔改行〕前述のように、ニーチェの若い頃からの草稿は他に類例をみないほど「ほぼ完璧に」残されているが、これもまたエリーザベトという存在を抜きにしては考えられなかった。(前掲書300頁)

詳細に述べている記述の一部だけを挙げると:

ニーチェ兄妹がバーゼルでの共同所帯をたたんで、兄だけがその新しいアパートに引越すにあたって、妹エリーザベトはひとつの大きな功績を残した。すなわち、兄が焼却を指示した一部のニーチェ原稿を、妹は「貴重な宝」として手元に保管したのである。〔中略〕ニーチェ研究者のカール・ハインツ・ハーンの記述によれば、なにしろニーチェの草稿、特に遺稿は膨大な量にのぼると言われる。厚表紙付きの草稿メモノート六四冊、一八七〇年から八九年にかけて書かれた書簡下書きなどのノート四六冊、バーゼル時代の講義原稿や『悲劇の誕生』と『反時代的考察』の構想メモノート四七冊、約一六〇〇通の書簡(そのうち八五四通が妹宛てと母親・妹宛て)、作曲のための腹案メモ、学校時代の作文や覚書(無とじ原稿一五〇〇枚)、大学生時代の講義録ノート二三冊、古典文献学関係の原稿八〇〇枚等々が遺されているという。〔改行〕このようなニーチェの膨大な草稿が今に伝えられているという僥倖の背後には、幼少の頃から兄の原稿を収集する習慣があった妹エリーザベトの、それ以後も続けられた収集・保管への飽くなき執念がある、そしてそれは、特にニーチェ研究という次元から眺めるとき、エリーザベトの最大級の功績であることをわれわれは決して忘れることはできない。(前掲書83~84頁)

このカール=ハインツ・ハーン(Karl-Heinz Hahn, 1921–1990)の何というテキストにこれらの遺稿の種類と数字が出てくるのかを一切記しておらず、巻末の文献解題欄にもHahnの名すら記していない。研究者としてあるまじき不出来な仕事である。典拠を記していない以上これらの数字には信憑性が低く、後述するように本書には誤記述がよく見られるため、これらの遺稿の種類と数字の信憑性がさらに落ちる。(まあ何か事情があって出典出さんかったんかもな。そこらは研究者やって見たら分かるわ。)

次回の記事に続く

 

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