地上最強のブログ

しばいてくぞ

愚昧百景の繚乱 (0008)

 

前回の記事から

もちろん、実際にギリギリまでかけて入念に仕上げたもの、ギリギリまでかけただけの意味が確かにあるもの、そこまでの日数分の時間がちゃんと全部その仕事に費やされているようであるもの(費やしたのは こいつが単に仕事が遅いからなのでもあるが)、そういうものと、カタチだけ直前提出になっているだけにすぎないというウンコなもの(そうなったのは こいつが仕事に取り掛かるのが遅いから)とは、モトより違う。ところが、この先生殿には、同じなのであり同じになってしまうのである。と言うか、そこまでバカじゃなくて、こんな違いぐらいワカッテはいる。ただ、提出者が締切日まで何をやっていたのかは知る由もない。詮索したら〇ク〇〇にもなろう。うむ、そうなるとなるとなると、確かに、刻限直前に出たものを以てしてシッカリ仕上げたものとするしかない;そう信じるしかない;そう信じたいのであり、そう信じさせてほしいのである。

ちょうだい、ダーリン!

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これはここで述べた、【割引してでもやり返したいアホ】にも似ている。先生殿に大事なのは直前までフル時間を投入したであろうモノ、そういうモノを想わせるモノ、そういうものであるような気がするモノ、である。そんな気にさせてほしいのである。そんな気にさせてお願い!と言いたくて【提出は期限たっぷりをかけてぎりぎりにするように】と要求してくるのである。そんな気にさせてほしくて、夢を見させてほしくて、嘘をついて欲しいのである。

そう、やれ誰かが嘘「吐き」だーギャーとファビョるのが大好きなアホたちがついぞ気付いていないことだが、このアホ含め人類全員がもともと嘘が大好きなのである;正しく言うと、嘘を「吐」いてもらうのが大好きなのである。というのは、《ウソでもいいから》自分の信念確信を肯定してくれて慰撫してホメてなでなでしてクニンしてくれるようなそんな言葉を掛けてほしいからである。自分の確信を確信させてもらえるなら、いくらでも嘘をついて欲しいのである、どいつもこいつも。

だから、実際現実はどうであろうと、実際に提出までに何をしていたのであろうと、自分の想像(らしきもの)上の理想を想わせる・それに似た何かが成立していればいいのである。実際本当の本物のそれが不可知かもしくは不可能なら、それに似ているような・それを想わせるような何かを求め行いするのである。《○○がダメならせめて△△させて》というヘタレ。

仕返しが出来なければ、自分が弱者なら、それを想えれはする何か、それをしている気にはなれる何かをするのである。

情けないにもほどがある動物だが、人類とお前はそういうものなのである。

そうして、このバカ動物は、挙句には、お前なにやってんの?としか言えない謎行動・不可解仕草にいくらでも走ることになる。

学生かそれ風の男がトイレの後に手をただ濡らしているのをよく見る;どころではなく、こいつらは全員が全員、用便後には(どっち便であろうと)蛇口からの水で手をちょっと濡らすという儀式をする特別な宗教に加入しているのであり、手を濡らすことに生死を賭けた意味を見ているのである。どころではなく、アホなものだから意味など何も見てもおらず、とにかく手に水を付けたいのである。本当はジャーッと水を出してそれでごしごし洗うところなのだが、それが面倒でしたくないから、しかもそれでいて洗わないのも何かむずかゆいから、だから、こんな葛藤をどうにかしたくて、せめてもと水をちょびっと付けるというわけだ。すんげーアホだろ?しかしそれほどのアホだから、自分がアホをしているということ、自分が何の意味もないことをしているということを判ってすらもいない。そんなんだったら水濡らさないのと同じなのだが、それがどうしてもワカラナイ。ちょっと濡らしたら 本式に「洗」うことの半分ぐらいはナニカしたような気にはなれて、「洗」を想うだけのことだけは出来る。

つまり、気は済む。気が済むだけで、「気」だけがどないかなるだけで、物理的には、手を水でちょっと濡らすというのは「洗」うのとは全く違う事であり、やってもまったく何の意味もない

次回の記事に続く