地上最強のブログ

しばいてくぞ

愚昧百景の繚乱 (0006)

Selfish<Type-C>

Selfish<Type-C>

 

前回の記事から

という風景を描いていて思うが、けんかを止めようとする野蛮人がいるものだ。

一体に人有ってそれが対立し争闘するに至るのは、只事ではない。それはそこらへんに転がっている石ころのように何となくそうなったというようなものではない。(石ころは何となくではない。)そこでは2つの論理がぶつかっているのである。かたや片方に確たる言い分があり、かたや片方に確たる言い分があり、それが、見えていなかった無意識層から顕在化して来てちゃんと見えるようになっているのである。そこでは、人と人が違うという大切な事実が、本人らにワカルようになり、周囲にもワカルようになる。それは大切な了解と認識の現場なのである。人は混乱と無秩序をもたらそうとして意地悪な目的で争いケンカするのではない(そのように感じるのを被害者妄想と言う;この語を誰も正しく使えていない)。十全な意味と意識を持って、ゆえあってそうするのである。

そんな ケンカになったら、誰かがケガするから …… ボケ!!!!!!実際に手が出てケガする所までは1億光年も離れとるわ!!!!ほとんどの人類には喧嘩など猫のケンカにすぎず、言い合っているだけだ。コノママダト…だとか・アブナイだとか・大事に至るだとかいう懸念は、認知エラーが作る妄想にすぎない。おまえの被害者妄想が「危険」妄想を膨らませているだけだ。実際は、実際に手が出るような段にでもなれば初めて止めにでも入ればいいのである。

ただそれでも、それは、野蛮であり人権侵害である。人は生まれてきたからにはどうなるかは分からないものである。被害人の勝手な妄想では人とは一生の間ケガの1つも病気の1つも死別の1つも経験してはならず全人類が絶対安寧の安全液体カプセルに浸かった植物人間でないといけないようだが、そんな現実など宇宙のどこにもない。人生はどうなるかは分からない。思わず人とぶつかって職を失うかもしれず・世論にリンチされるかもしれず・歯の1本も失うかもしれない。また、そういったことを他人に被らせるかも知れない。怪我をせず喪失をしない一生などない。罪を負わない人生など無い

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そうなってしまったら、そうなってしまったということだ。そうなるもまた自分の人生だ。そうなる自由が、誰にでも有る。ましてけんかがと、互いに非が有る。互いがこのリスクに、了解と責任を持って入ったのである。それを邪魔する人権侵害は止めておこう。それで誰カヲ悲シマセル可能性は、お前の被害者妄想ワールドの中にしかない。その可能性に進みそうかどうかは、ちゃんとアタマを働かせて算定せよ。他人の人生に干渉するのなら、責任を持って算定した上でそうしろ。

という原理論を言えば分かるように、ケンカが起きれば全使命を傾注して死力を尽くして止めに入り それが国家功労章ものの世にも正しい善行で万人に絶対正しい正義の正義だと信じてやまない野蛮人というのは、何か(どころではないが)を勘違いしている。そして、なにかしら人がモメに入りそうな気配の前兆の雰囲気の感じを0.0000001ppmでも漂わせでもしたら それはもう目を白黒させ顔面蒼白と化し失神寸前の恐慌に陥り天が落下してきた災難に見舞われたかのようにテンパり出すバカ、10人おったら100人がこんなバカというバカ、こいつは、てめえのおつむ中だけで生きている妄想人間であるにすぎない。

以上のことは誰にも考えてみたこともないことである。それは、そもそも日常のなんかしらのことについて改めて考えてみるということがシタクナイものであるから、億劫なものであるから、指1本動かす必要のないことでもめんどくさがるという呆れにも果てた怠惰動物だから、というのがもちろんあるが、その結果としてつまり他人の中を想像してみないからである。自分以外の者・自分ではない者・非自分というものの中がどうなっているのかを、理解や推測は無理でもせめても想像だけでもしてみるということを、しないからである。

次回の記事に続く