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しばいてくぞ

森鴎外の『即興詩人』翻訳は本当に立派なものなのか (5)

 

前回の記事から

ただ、どうしても名詞「Luft」を名詞「空氣」にぶざまに直訳したがる(とはいえすぐ下に「hoch in der Luft」を「高く翳せり」とだけしているように「空気」の意味しかないと理解していたわけでは皆目ないようなのだが)。「人いきれがして火がめらめらしているだけに、ずいぶんと蒸してきた」と意味を取って品詞をバラす訳し方をしないか出来ないのである。とはいえ「gewahrte […] meine beiden Masken」を「かの覆面したる翁と娘とを載せたる車は我側に來りぬ」という説明にバラしてしまうのは見事である。「ぼくの仮面がみえましたのれす」という文は、こういう意味なのである。わかりました。

君を君を君を…

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なるほど、「waren ausgelöscht」という大過去は「早や消えたり」と「早や」で表すようだ。「gewiß」は「猶」「許なる」だそうだ。勉強になるよな。それでも、「娘は」から「翳せり」までが長すぎる。まあ「長」さとかいう問題ではなくて、この間に「に蝋燭幾本か束ねたる」というのがあるのが問題、文の中に文を挟むのをやめてさらさんかいというのが問題である。

「vergeblichen Versuche […] hinaufzureichen」を「火をえ消さざる」としているのは何かの誤認に見えるが、引用していない前の箇所で「Taschentücher」で灯を消すというくだりがある(„jene Lichterchen auslöschten“ (S. ))からこれはこれでいいのだろうし、単なる「überschüttete」を「霰を迸らせたり」とは、相変わらず歌舞いとる。

ここらへんは、今までに見てきた静的な描写文章と違い、動きを描写する躍動的部分となっている。よって、「mich nicht abschrecken」を積極的な「これをこそと思ひ」と変えてしまう(ただこれは後の「屈せずして」なのかも知れないが)のも、「schnell hinten auf dem Wagen」と静止的な3格を「背後に飛び乘り」と動かしてしまうのも、「faßte」から「an」まで立て込んでいる文を「しかと握る」「あなやと叫び」「丸を放つこと」などにコマ切れにしてしまうのも、雰囲気をよく映している見事な処置だと言える。単なる「しこたま〔nicht schonend〕」を「雨より繁かりし」と膨らませてしまうのも見習ったらええだろう。ただ「Begleiter」は「寢衣纏ひたる老紳士」なのだから(197頁上段を見ればそうと判る)、これの単なる言いかえ というか代名詞的名詞なのだから、「老紳士」と書けばいいのであって、「男は」などと直訳しなくていい。新たな人物が登場したかのように見えてしまうだろが。「Gypskugel」をバカ忠実に「石膏の丸」とする愚も同様。「コンフエツチイ」と繰り返せばいいのである。実際ググったら『イタリア紀行』にも「石膏コンフェッティ」が出てくるみたいだぞ。

ほんとに、巧みなる見事な処置と、宿題やっつけ学生なみの愚直な訳とが、いちいち並存している。これが鴎外『即興詩人』の特徴だといま確認しておこう。

「um, es hinabbiegend, die Lichter auszulöschen」を「かの竿を撓ませんとせし」としているが、いやいやそれなら〈um es hinabzubiegen〉ではないか!火を消そうとしているんだよ!訳し抜けか?

とにかく»Pfui, Antonio!«をバカ式に「ああアントーニオ」とキモ訳する現代と違って「アントニオ、餘りならずや」は実にいい。こういうのは昔の文章のほうがいい。また「怨じたり」などぜひ復古させんといかん。怨じるぞ!

「allein ich gewahrte einen Blumenstrauß als ein Versöhnungszeichen auf mich zufliegen; ich ergriff ihn in der Luft,」という文章で言えることは、【落っことされてしまったものだがそうはいってもそない怒ってるようでもなくチャンスに花束1つ投げてもくれて、掴んだ】ということだが、激怒して実は怒っていないというのもおかしなもので、これは、「allein」を無視して単に「進み、」と単純接続させて、「み、和睦のしるしなるべし、娘のうしろざまに投じたる花束一つ我掌に留りぬ」と、飛んだ花束をこちらが勝手に和睦扱いしたと述べている文だと訳し変えてしまったほうがいいだろう。これでいいのだろう。

初恋のおしべ

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多少多めに引用検討しておいて正解だったもので、鴎外の訳は基本が語訳でそれに語句補填するというものだと確認したが、全然そうでもねえ箇所にも今出くわす。「es war mir aber」から「an einander gerathen;」までの結構な量の文をたった「雜沓甚しきため其甲斐なく」の一言に訳しているのである。これでは違いすぎるので、ここで、鴎外が見ているテキストと違うのかと思えてきたりもする。しかしKruse訳以外が存在してたのか?出版当時有名だったのが本当なら、ドイツ語別訳もあったのかも知れない。

「とある横街に身を避け」てからもおかしい所が有る。「Das sie den」から「war gewiß richtig!」までが丸々訳し抜けているのである。

次回の記事に続く