地上最強のブログ

しばいてくぞ

ショーペンハウアーがしばく

 

前回の記事から

明できないと言うが、それはそうで、そうしてないと実は理解には行き着いていないからである。ある程度大成していないと、分かってるつもりでも実は分かっていず、いざ説き聞かせようとすると不明瞭になってしまうのである。そんな域に達すると、物を考えれない替わりに言葉を吐いとけという遣り口もしなくなる。)
唇にBe My Baby

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そしてそれならまだマシで、人類の99億%が、物を言えない替わりに言葉を吐いてるだけの絶望的退行種なようである。ほうぼうで書いてきたことだがこのへんこのへん読んどけ。

ここで段落を変えて次の文章:

Aber man soll wissen, daß die schlechten Köpfe die Regel, die guten die Ausnahme, die eminenten höchst selten, das Genie ein portentum ist. Wie könnte sonst ein aus ungefähr acht hundert Millionen Individuen bestehendes Menschengeschlecht, nach sechs Jahrtausenden, noch so Vieles zu entdecken, zu erfinden, zu erdenken und zu sagen übrig gelassen haben? Auf Erhaltung des Individuums allein ist der Intellekt berechnet und in der Regel selbst hiezu nur nothdürftig ausreichend.

(Schopenhauer, Die Welt als Wille und Vorstellung Bd.2 (1844), S. 145)

 

(ただ言うまでもなく人類のほぼ全員がアホである。マシなのが居るほうが有り得ないことなのだから、歴史的頭脳など,100,00,000,0年に一度級、例外的個人などもはや人間ではない、そんぐらいに考えとけ。そらそうだろ。こいつらが何億おって今まで何千年あったことか。この間にこいつらにどれぐらいのことが出来たというのかというと、まあ惨憺たるもんだ。そんだけ、ボンクラのカスばっかしかおらんかった。せっかく高等な霊長頭脳を授かりながらヒトという邸能のボケどもと来たら日々の生活を何とかやりくりするのに必死でもうそれでアタマいっぱいで他に何もできないのである。)

どれだけ耳に痛い残酷な真実でも、事実その通りとしか言いようがない事であろう。数だけはウジャのウジャウジャ揃った、湧くだけはなんぼでも湧くというゴクツブシなだけの生物が人類、その挙げてきた成果いや無成果を見ればゴクツブシぶりも明瞭なろうとのことである。実際こういうことも言いたくなるだろう。身の回りを見て、呼吸や摂食レベルの俗事雑事に必死の死に物狂いになってそれでもう認知資源完全に枯渇、あとはそれの回収に、アホが「ストレス解消」等と誤称している、排便や嘔吐レベルの俗事雑事で全人生時間を潰す、そんな、人体有機体の無駄遣いのために生まれてきたうんこ以外の個体が見つかるか?なあ、見つかる、か??!!文化や人類や社会やつづめて他人にそれなりの何かになっている例外的個人が石投げたら当たるほどおるか?…上記引用文に嘘大げさの一片も無いことを認めないことなど誰にも出来ない:人類は基本的にはIntellektをムダにしている。

Aber weislich ist die Natur mit Ertheilung eines größern Maaßes sehr karg gewesen: denn der beschränkte Kopf kann die wenigen und einfachen Verhältnisse, die im Bereich seiner engen Wirkungssphäre liegen, mit viel größerer Leichtigkeit übersehn und die Hebel derselben handhaben, als der eminente, der eine ungleich größere und reichere Sphäre überblickt und mit langen Hebeln agirt, das könnte. So sieht das Insekt auf seinen Stängeln und Blättchen Alles mit minutiösester Genauigkeit und besser als wir; wird aber nicht den Menschen gewahr, der drei Schritte davon steht. Hierauf beruht die Schlauheit der Dummen und das Paradoxon: il y a un mystère dans I’esprit des gens qui n’en ont pas. Für das praktische Leben ist das Genie so brauchbar, wie ein Teleskop im Theater.

(Schopenhauer, Die Welt als Wille und Vorstellung Bd.2 (1844), S. 145–146)

 

(しかしこういった事も、うまくしたもんではある。視野広くすること大規模という個人がものっそ僅少なおかげで、邸能無能たちにはうまくいくのである。そう、どれだけオツムが狭くて人間がショボくても、自分の領分内に限ってなら、いっぱしのことをやっている格好だけは付けれる。無能レベルに達するずっと以前で働いてるなら、アホも有能に見えれはする。他方デカいことやっているデカい人らがうまいこといってなくて苦労していてスマートとは程遠いことがあったとしても、そんなん、やってることがやってることなのだから、当たり前のことである。そら昆虫だってその視野内だけに限って言えばとんでもなく目がいいことにはなるわいな。井の中の蛙が井の中だけ見てりゃそれはまあ達者な者に思えてくること、これはしかし詭弁に過ぎない。それでもそんなカワズが人類のほぼ全員なのだから、誰も互いのバカぶりに気づかなくて済む。そんなところに例外的個人が出現してもあたかも無用の長物である。)

もう読んでいて怒りを覚えてもいい(ところでアホはすぐ「悲し」いとホザくこと周知の通り)ハナシだが、要するにこういうことである。出生統計的事実上、昆虫視野の個人ばっ

次回の記事に続く

 

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