地上最強のブログ

しばいてくぞ

動物でもない動物

夜明けまで強がらなくてもいい (通常盤) (特典なし)

夜明けまで強がらなくてもいい

 

我々人類は生得的に認知病であり、加齢とともに(カレーはインドには置いてない)恢復していけるならよいほうで、殆どは一生この病気である。

病状を発揮している場面を見てみよう。

例えば、自分があまりか全くかよくか知らない事を話されたりプレゼンされたり講演講義されたりしている時・新情報に曝されている時に起きていることは、ほぼなにも聞いていないということであり、それは、知らない/知らなかったことを披露されるストレス下で知覚を閉ざすからのことであって、こうなると、自分に馴染みがあったり前からよく知ってたりする事柄に反応するだけになってしまうものである。だから、プレゼンや「発表」の場で聴衆が発言する時には、決まって必ず、自分が知ってることに引き付けた発言をするというものになるのだが、そんなのはまだマシなほうで、中には、あなたの話に関しては私のよく知っているこの話題と関係があってと披瀝し出すだとか、あなたの話に関しては私の聞いたことのあるこの話題乃至この人物を思い出させる云々とKYでみっともない発言を繰り出すだとかいった始末になる。つまり、相手の議論や背景に即して相手の話の土俵上で何かを言うのでなくて相手の話の中にある自分もきーたことある^q^ことにきーたことある^q^と反応するだけになってしまう。これはいかにもマヌケな絵図だ。相手がもたらした新情報には特には心を向けず向けられず、相手のする新奇で目新しい話の中にかろうじて見つかった自分ニモワカル語彙や項目を嬉々と取り上げ、知ってる知ってると安心するのである。自分が知っていることを知っていると(自己)確認するだけ。何とも醜態ではあるが、しかしこれは、およそ知識が関わるありとしあらゆる所で起きていることである。お前はそうやってボッケーとこの文章を読んでないで、自分に知っていることにだけ反応しているあれやこれやの場面や論述や会話なりをいま思い浮かべてみよ。あらゆる議論や言論がそうなっとる。そうだろ、相手の事情を可能な限り表象して相手の文脈の相手の中の相手の相手の中に入って行く、そんな者などいない。そうしているように見せかけはしながら、しかし、自分が元々知っていたこと・自分にいま納得が行っているもの・自分ワールドになじんでいる色をただただ確認するだけになっている。ただ確認したくて今日も出かけるだけだ。ただ自分を確認したくて触覚を伸ばしているだけだ、人と会うだけだ、本を読むだけだ、その他万事同様。

こうなってしまうのは、この記事この記事などで書いたように、自分の中から出て来たがらないからだ。自分の外に出ることのできない存在だとかいう大それた話ではない。ただ単にするかせんか・サボるかちゃんとやるかの話だ。自分が不慣れで聞きなれないことで自分に新奇で奇異な話でも何でも、そんなストレスにさらされながらも、それでも新しいことは吸収してやって行くしかないのであって、それはしようとしたら出来ることだし・やらんとしゃあないことだし・しようとしないなら永久に出来ないことだ。

蹴飛ばした後で口づけを

蹴飛ばした後で口づけを

  • SKE48
  • 発売日: 2018/12/11
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しかしここでサボる奴は呆れるほどサボる。そういう奴は、慣れてナジんだ知人とのくだけた親しい会話、およそ知的吸収の緊張など要しないような場面ででも、自分のアンテナに引っかからないものは、残念ながらほぼ全く聞いていない。相槌だけは打って右の耳から左の耳に話が出て行っているようなボンクラだ。こんなアホはすぐに見つかる。こういう奴は、自分が反応できる語句が出たらそれにピクっと反応して嬉しそうにその釣り餌に引っかかりよる。しかも、ほとんどが、関係節の中の末梢的副詞句にでも入っている程度の非本質的で聞き飛ばしてこそ礼儀という語句だ。だから、こんな語句に反応されても困るぞ・こやつはちゃんとこっちの話が何なのかを分かっとんのかとイラつかれて当然の失礼な反応なのだが、それでもアホは、空気を読まない・相手を理解しないことに関しては第一級の達人(ボンクラと読む)だから、どうでもいい語句にああそれな!とウレシそうに反応する。そしてそれ以外は聞いていないし、しかも反応したその語句が相手の話の中でどんな(無)意味合いなのかを何も知らず何も考えない。(ちなみにこのテの阿呆のうわの空相槌ときたらヒドいもので、例えば、自分が知りもしないことを言われているというのに、「そうそう」だとか「そうだったんだ」だとか、知ってることに対して出す相槌をしてきてくさりやがるものである。これをやられてバカにされている気分にならない者もないだろう。もちろんこの阿呆がこの相槌によって伝えていることは「早よ話おわってくれ」「早よこっちに喋らせてくれ」というものである。)

反応とは、ここでも累々と述べたように低級で下級な生体現象だ。自分の考えも他人の存在もなんもなく何もかも見えていない単なる生理過程。アホは、外界に受け身の反応のみ示すばぶばぶ乳児よろしく、自分に/が引っかかるものに反応するだけ。見ての通りこれはカクテルパーティー効果である。それは、特

次回の記事に続く