地上最強のブログ

しばいてくぞ

ニーチェの認知科学 (5) ~単純接触効果と神経記憶~

 

もうそろそろ飽きてきたんで、坂口渚沙応援ブログにしてええかな

 

前回の記事から

れればそれでいいですから … そんな組織拡張上の言い分が、まず考えられる。出来てると思ってもらうだけでも十分に組織拡大につながるわいなという言い分。これが世界宗教のカシコいところ(Feinheit)であると。

しかしそんな誰でも思い付くこと=であるが故に間違っているに決まっている考察など、わざわざ書くだろうか。そんなようなことを言っているのだろうか。むしろキリスト教は元々から敵ヲ愛スル能力が万人にすぐ身に着くなんて期待していなかったのだろう。それでもそう出来ていると思って実践を続けていればいつかは本当にそれが出来るようになる、この事実を知っていたのではないのか。そういうヒトの心理をよくよく理解していたのではないのかキリスト教は。つまり予言の自己成就というヒト行動パターンを知っていたのではないのか。これがこの宗教の妙技にして狡知(Feinheit)であると言っているのではないのかニーチェは。

このような心理洞察をこのように理解して著述しているのがニーチェなのである。「キリスト教邪教です」のような幼稚で下級なタワゴトをほざいていたのではない。この宗教もこの人もそんなカスの浅知恵レベルで遣り合っているのではない。

だから引用文章の最後の1文も宣伝プロパガンダがんばろう推奨的なしょうもないことを言っているのでは到底あるまい。そうではなく、心で実際に実践できていなく改宗できていなくても何度も何度も何年も何十年も口に出して人に話していればやがて原則にコミットするようになっていき我が物としてしまうようになる、そうでなくてもそのような言説を流布させることには成り言説に高頻度に触れる人々に高確率で改宗をもたらすことには成る、そういうことを言っているはずだ。つまり、キリスト教単純接触効果真理の錯誤効果というものを知っていてそのことをニーチェが知っている、そんな遣り取りが、つまり現代科学の最新の知見のレベルでの遣り取りがおこなわれているようなのである。

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ここまで分かってなんぼだろう。現代の認知科学につなげてこそ面白い人だろう。これでも、旧態依然に明治大正でアタマ止まった列島の恥ずべき「ニーチェ」受容は、態度を改めないだろうか。「ルサンチマン」ガー「道徳」ガーガーなどと目先の言葉尻に引っかかって、この人が仕掛けた罠のような語彙群に引っかかって、原文の辞書対応ド直訳のアホ日本語でもの考えるだけに留まって、意味不明な和製「ニーチェ」と意味不明な「訳」語をまき散らし続けるのだろうか。

ニーチェキリスト教に特に見ようとしていたものは社会的戦略なのである。1880年成立の断片:

Alle Moralen und Gesetze gehen darauf aus, Gewohnheiten anzupflanzen d.h. für sehr viele Handlungen die Frage nach dem Warum? aufzuheben, so daß sie instinktiv gethan werden. Dies ist auf die Dauer eine große Beeinträchtigung der Vernunft. Sodann ist „Handeln aus Gewohnheit“ ein Handeln aus Bequemlichkeit, auf den nächsten Impuls hin, zugleich eine Furcht vor dem Ungewöhnlichen, vor dem, was die Andern thun, eine Beeinträchtigung des Individuums. Eine Rasse mit starken Instinkten züchten — das will eine Moral.

(Nietzsche, 1880,4[67])

 

(社会が個人にしかけてくる改造作戦の最たるものが、価値やルールを習慣付けてしまうということであり、何の疑問も持たずに社会規範行動をするように造り変えてしまうということである。これで知性が多少退行し毀損されることになっても別に構わないのである。というのは、習慣行動が報酬系に組み込れてしまえば、習慣にそぐわないモノを忌避するようになり、社会異分子が個人を毀損してくるものだと知覚するようになってくれるからであり、最終的には社会に最有用のマシンが拵え上がるからである。道徳というのはこういう社会戦略のことでもある。)

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こういう場合に言っている「Moral」とは、ニーチェを取り巻く文系バカどもがゴテゴテ語彙で塗り固め飾り立て膨らませ上げた道徳道徳道徳道徳というようなアホ丸出しの泥酔観念語であるのではなくて、個人管理技術や組織養成や社会集団造成やといった手法的でテクニカルで科学的な事柄なのである。Moralを辞典で引いたら道徳と出てきます、この語は慣習として道徳と「訳」すことになっています、それがお前の答えなのなら、お前は学術をやめろ。誰が無意味トートロジーを喋れと言った。

だから現実を認識する上で文系観念(それは列島民には漢語洪水文章ということだ)で意味的に内容的にいこうとするのではなくてコトを形式的定量即物的に見ろということである。「内容」でオナニーしてたいお前の大二病をまき散らすのをやめろ。アホが勝手に意味を見ているだけで事象そのものはただ有るだけなのである:

1) Vorurtheil: die Folgen die man einer geheiligten moralischen Vorschrift nachrühmt, würden auch die Folgen anderer Vorschriften sein: aber man meint, diese Eine allein habe das Privilegium 2) die Folgen sind that<sächlich> gar nicht die Folgen sondern nur ein häufiges post hoc 3) die Folgen sind in Wahrheit die Folgen einer Begleiterscheinung die man übersieht usw.

(Nietzsche, 1880,4[114])

 

(本当にそれはお前の思っているようにX規範のあったおかげの結果なのだろうか、実はY規範の結果かも知れないではないか。お前にわかるのか?お前がX規範に固執するのは悪魔でお前限定の固執だ。ってかそもそもお前が原因X→結果Yと思っているものはそんなものではない。ただX→Y継起が高頻度に現れただけだ。そこにお前が「の結果」を勝手に捏ぞうしているだけだ。百歩譲っても、お前が見過ごしているcかpかtかhかkといったついで項目がYをもたらしたのであって、Xではない。)

上掲断片と同時期の断片だが、そういうことである。キリスト教の成功を、教義や原理や信仰等の内在的要因に求めることを、ニーチェは、てしていないのである。というかそもそも総じて、(成功などの)結果の原因探しゲームを批判しているのである。何かの結果や消息や顛末は、なぜそうなったのかについて誤解することだけが出来るのであって、正確に言うと理解をデッチ上げて妄信してしまうことだけが出来るのであって、本当はカラクリが永遠に分からないのである。分からないのに捏ぞうと妄信を繰り返してしまうというヒト種の認知バグ認知エラー認知誤作動(つまりは認知構造そのもの)を研究するのがニーチェの仕事だったのである。

 

さて習慣の力をよくよく理解している人であるから、習慣定着すなわち記憶に関しても一家言ある人なのだが、ふと目についたもので、次の文章がある(1880年の断片群より):

Es giebt kein eigenes Organ des „Gedächtnisses“: alle Nerven z.B. im Beine, gedenken früherer Erfahrungen. Jedes Wort, jede Zahl ist das Resultat eines physischen Vorgangs und irgendwo in den Nerven festgeworden. Alles was den Nerven anorganisirt worden, lebt in ihnen fort. Es giebt Wellenberge der Erregung, wo dies Leben ins Bewußtsein tritt, wo wir uns erinnern.

(Nietzsche, 1880,2[68])

 

(記憶は別に脳に貯蔵されるのではないからな。体のどの部分でも、自分がやったことを神経が記憶してしまう。このことは記号でも概念でもいっしょで、そういうのも本当は生体プロセスの1つなのだから、該当神経に貯蔵されてしまうのである。そして神経に組み込まれてしまえば、いかなるものであっても、死ぬまで残存し続ける。一生の間にはそれが何がしか影響してくる場面もある。これを想起と呼ぶ。)

記憶の貯蔵場所について世に諸論ある中でニーチェに関しては末梢神経系遍在論であると言えるようだが、これはもちろん、この記事この記事この記事で見たように人間にとって最も支配的で規定的で普遍的なものが生体であり人体であるという前提と絡んでいる。精神や意識が何も特別でないように大脳も何も特別でなく全身が事象を記憶し経験を蓄積 … そんなクソきれーごとで言わずちゃんと言うなら、本人の意志に関わりなく全身すみずみが勝手にすべてを記憶してしまうのである。全神経が厄介な不揮発性メモリであり、すべてを覚えてしまうのである。それが影響して来る場面がときどき(Wellenberge der Erregung, wo […])だなどと生温いことを書いてよるが、いやどう考えても記銘後の全瞬間だろう。そうでなければ全神経記憶論にする意味がない気がしないだろうか。末梢神経系に貯えられた記憶が普段は眠っていてときどき何かの折にとかいう話では面白くもなんともない。

それはとにかく、記憶論として体内各部保存論というのは興味深いだろう。それは、体デ覚エルといった話を想わせ、いや体ガ覚エルのが記憶な

次回の記事に続く

 

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