地上最強のブログ

しばいてくぞ

知ったふうな口をきくな (3)

 

前回の記事から

oいうものに辿り着こうとしている訳ではまったくない。例えば、この記事参照だが、筋肥大を主題にして実験研究していてそれのデータやグラフや横文字語彙は並べれれて「論文」に出来てその研究者たる肩書は身に付けれてする奴が、じゃあ例えば無作為に取り出したそこらの一般凡人数人数十人のボディメイクについて何か資することをポンと言えるのか言ってくれるのかというと全然そうではなく、しかも本人自身は貧相モヤシ殿で「肥大」とは縁もゆかりもないカラダだろう大方は。コトは何でもいいと言っている通り別に学術に限った話ではなくおよそ知識が関係する所有されるあらゆる場面について考えたらいい。運転技能が卓越した者やこれで商売している者など昔から数えたらこの世に何千万人といることだろう

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が、そのたった誰一人として、運転する人体と乗用車の身体論文明論について考察したり、乗用車があっての自分の生活という生き方を他人よりもよくよく熟知し熟考しているという訳では、まったくない。知識など何にでもある。特に光の角度を意識していますという画家であったとしても別に光学の本を手に取るわけではない。生涯感動的に歌い続けていて歌う方法についての知識は豊富で体系的に教授すらしていてもそれで人体の発声メカニズムに想いをめぐらすことなど別に一生ないだろう。心理学に戻ると、帰属の基本的エラーについて数々の論文を漁り数々の実験をして学会に問うていてもそれだからといって【何かについて人が人「の所為」にすること】の考察の手掛かりにすることなどないだろうしこういう「せい」のような日常的現象に心患うことすらもないだろう。案内している歴史建造物の歴史に想いを至さないとガイドになれないわけではない。何を造っているのか判っていなくても自分のラインの知識だけがあればよい。地球規模でどうなるのかを一切気に病まず想像もせず投機に励んでいる者ばかりだろう。これだけ書いたら、ってゆうかこの段落がなくても、聡明な読者なら、いや読者が聡明だとするなら、ここで何が言いたいかは十分に分かるはずだし、自分自身がふだんから思っていたことに関して既に色々考えだしてくれていることだろう。

だから次のように言い出すことにも付いて来れるだろうし来ればいいのである。知識は、持つだけなら、誰にでもできる。中身の意味をまったく感知感覚しないままに事柄について百科事典的解説をそらんじることでも、誰にでも出来る。し、よくやってるだろう。いや、「身体」に染み付くとさえ言われる知識、つまり技能や技術といったものでも、ただ持って揮っているだけでそれについてそれの深淵を覗くことなどしてないという者ばっかりだろう。どんな意地悪でも言える:自分が手足あり内蔵つまったカラダであることのキモさ脅威をよくよく自覚し知覚しそれを克明丹念に描こうとする小説家が、このこやつが、ひるがえって、自分自身が誰よりも豊富に「過剰」に「饒舌」に(←きっしょい語彙やの!!)使っている言葉というものの技法、文章の文肢たちのリズムや読点の役割や中点との違いや音声の雰囲気がもたらす効果について《特に考えていない》ということも、また、いくらでもありうる。などと考え出したら、いわゆる「自覚的」な者、何事も「認識」という手中におさめたくて考えることを止めることの出来ないという者、そういう意味で「自分がある」という者など、ほぼまったく居ないことになる(かかる小説家のように部分的にだけそうであるという奴をカウントしないとすれば)。そう、ただやってますというだけの奴、ただ知ってます持ってます手にしてます使ってますというだけで別にそれについて一家言あり殺し文句ありというのではない奴、ふつうはこんな奴ばっかだ。さて、誰でもがそれについて通であり豊富な手順知識運営方法を知っているものとして、例えば言葉というのがあるが、それもまた、考えて使っているかどうかは定かでない。ネット書き込みやAmazonレビューの時代になって大量無数の隠名個人が文章を排出するようになって、数多くの人がそれなりの意見を整った文章でつづれることが分かってきたようだが、いやこれは実際にこうなのだろうか。この記事この記事で論じたことだが、聞きかじったことをただオウム返しし転写しただけでも … どころか、何らかのそれなりの内容の文言をただ引き写ししたり真似したりしただけで、それだけで、そいつが知識人たる知識人に見えてしまい、世の中のあらゆるカラクリに通じたおそるべき《知ってる人》に見えてしまうのである。もちろん錯覚だ。そして、上記ネット上文章のいっぱし気取りの文章のほとんどが、このような猿真似人真似物真似のノウナシの芸無し、知ったふうな口をきいているだけのカス、どこかで読んでマネしてみたくなった文体をバカ真似しているだけの無学無思考の小物愚物、キーボード番長のアホどもがウレシがって書いただけのコケ脅しのハリボテ、ソースとどこまで深く付き合ったかいないかも不明ないや読みもせず見ただけのバカがやってるような口調マネ、なのであろう。そう考えたら、本書いて論文書いてる奴もたいがいはそうかも知れない。もちろん、それなりにハナシに通じている他人のチェックが入る紙出版物には無知のボンクラが侵入することネットよりは防がれがちなことは言うまでもない。が、ネット以前紙媒体の数千年で言われてきたことなのでもある、こういった似非教養者のニセモノ著作というのは。いずれにせよ、くれぐれも、立派な体裁をした文章や装丁や価格、自信だけはしっかり漂って来るエラソーなレビュー、見てきたかのように実地取材してきたかの

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ように自分で考えたかのように断言している書きこみ、等々にダマされてはいけない。それらの推定断定ほぼすべて1つ残らずが、知ったふうな口をきいているだけであり、マネしたくなってみてマネしてみているだけなのである

といったゴミどもを見分ける方法を伝授しておくと、一瞬でも下意識下でも知覚可能ギリギリでもいいから、その文章や物言いがどこかで見たこと聞いたこと読んだことある特徴的(でないならいい)な何かに似ていると感じるなら、何かに模している(いないようならいい)気配が0.000004ppmでもしたら、そいつの口調が今時点より全以前のどこかなにかで聞いたことある出会ったことあるクセのある(ないならいい)何かXにほんのちょっとでも似ていたら、そいつは、知ったふうな口を利いている。真似したくなってみて、マネすることを自己目的に、真似しているだけである。そんなカスに騙されるな。