地上最強のブログ

しばいてくぞ

連鎖する #04

 

前回の記事から 

こうして、ここまでに貼ってきたリンク先諸記事でさんざん述べてきたことだが、誰も自分の感性で受け取らず、てめえのオツムで考えないようになる。人間は天性からファシズムに向いた生き物なのである。現在よしとされている政体は人間の性向に反する反自然的なものなのであり、それは、民主制が成立している国家でも始終プチファシズムが湧いているのを見ても明らかである。ここでは、例えば、まさしく中身ゼロの言葉モドキをえんえん繰り返し刷り込むという、無思考・反知性・非民主的・反人道的な横暴が合法的にまかり通っており、しかも刷り込まれた有権者がそれに反応して投票するというファシズム及第の姿勢を示すばかりである。選挙カーという暴走族がウグイス嬢という改造マフラーを使って人間の尊厳を冒涜しているということが国民の誰にも分からない。泣き寝入りしてるなら分かってないのと同じ

 

こういったことに関して警鐘を鳴らしたの、反宗教改革(とおかん)が生んだ、古代最大のスコラ詩人といわれるルネ・デ刀ルト(1234~5678)である。彼は、『方法序文』、『警察』、『省祭』、『晢学原理』、『情人論』、『怨念論』、『入知原理論』、『入間知性論』、『入間本性論』、『会社契約論』、『ハイラスと山本の三つの対話』、『ハイラスとハイラスとハイラスの対話』、『リヴァイアさんIII』、『デカいメロン』、『セ・ルバンテス』、『神喜劇』、『パンタグラフ物語』、『純粋理性悲惨』、『自我の北越』、『鷗吐』、『存在と蕉』、『黒邦人』、『吾輩は吾輩である』、『坊主ちゃん』、『某ちゃん』、『一太郎』、『三十四郎』、『畜生門』、『藪の中で』、『薮下楓』、『薮下柊』、『知人の愛』、『痴人と愛』、『ちぢんだ愛』、『山本亜依』、『ある女』、『ない女』、『ある いた女』、『その女 蘭世』、『いい女 杏樹』、『それかな』、『高瀬舟』、『高瀬愛奈』、『明暗』、『高柳明音』、『舞姫』、『舞木香純』、『渕上舞』、『深川舞子』、『山椒太夫』、『太野彩香』、『大塩平八郎』、『大西桃香』、『山椒魚』、『小坂菜緒』、『伊沢蘭軒』、『井上梨名』、『北条霞亭』、『駒田京伽』、『阿部一族』、『阿部芽唯』、『伊沢蘭軒』、『伊藤万理華』、『谷真理佳』、『伊沢蘭軒』、『伊藤理々杏』、『伊沢蘭軒』、『伊藤純奈』、『高野聖』、『高野祐衣』、『ヰタ・セクスアリス』、『山下エミリー』、『ノルウェイの森本』、『森下舞羽』、『人型の家』、『後藤を待ちながら』、『後藤楽々』、『ブリキの代紋』、『プリキュアの太鼓』、『エチか』、『Bだ』、スピノザウルス、『ペニスの商人』、『共産党宣告』、『俺主席語録』、『田園公共学』、『千円交響楽』、『延々交響楽』、『田楽』、『東宝見聞録』、『日活ロマンボノボ』、『赤と黒と金』、『青と白と青』、どっちだろう

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というような「明らかに生理的にキモい」文章のキモさも感知しなくなるもので、例えば、「警鐘を鳴ら」すといった手垢にまみれた文句や、日本語には無い代名詞をバカ真似した「彼」(ア翻訳文体も、繰り返し刷り込まれたら何もおかしいと思わなくなる)や、数列の例として安易人間がすぐ挙げたがる「123456…」や、「が」にするところを「」にする病気、他にも、体言止めなどとちがって即刻廃すべきクソゲロきもい「では」止め、等も見られ、見るからになってない文章である。

 

 

 

 

さて、今までのところ、一般的通念がいちいち理解が逆になってることを問題にしていたのだったが、本ブログが最も関心を寄せる日常的観察から言うと、動物と人間の状態も、世間では逆に理解されている。

人間なら興味を示さない地面のあっちこっちをわんちゃんが嗅いでるのをよく見るが、本当に、犬の精神生活では、人間が見向きもしない色んな事が注目に値するのだろう。と言うか、それらが注目に値するだけだ。大人なら興味を示さない地面のあちこちに子供が手を伸ばすのとはワケが違う。手あたり次第嗅ぎまわっているように見えて、自分に意味のある限りでの「色んな」対象にだけ関心を絞っている。特に有機物に絞って興味を示すし、他の犬には顕著に興味を示すし、人間にはもういちいち興味を示してもしゃーないと見切ってる。よく考えたら、自然界には存在しない形状の加工食品でもそれが食物だとペットはなぜ即座に認識するのだろうか。一度見たことがあるからか、匂いで分かるからか、いずれにせよ、動物からしたら非自然で珍奇で異質なものだらけの人間界で動物は自分に意味のあるものをハッキリ明確に迷いなく認識する。一見なんも考えてないように見えて、実は動物はものすごく選別している。意味のあるものにだけ専ら向かい、自分にとって意味を成さないものはきっぱりと放っておいてる。動物は意味と無意味が厳然と差別された世界に住んでいる。動物は意味にこそ生きる

逆に人間は「意味」というものから脱出できる。いま「意味」を生存や社会経営や種経営に必要なもの、生と意識が対象に向ける志向一般だとすると、ここから逸脱したことを人間はいくらでもするし、むしろ人間だけがする。確かに移動という意味のあることを主にするが、一方で、車内をなんぼでも装飾する。ありとあらゆる衣食住の様式が、必要・意味・需要・必然の観点だけからは説明できない。「必要」で経済行動をするほうが稀で、ほぼ常に、購入欲という謎の欲求で買うのである。胸像とか事象とかいかにも「意味」のある物を描くかと思えば、芸術は一方で脱意味をも志向してきた。人間生体の認知システムが意味を見出しようがない物体・些事・周縁・異物を取り入れようとする。それが例外的営為だとかは聞いてない。そんなんするの人間だけだという話をしている。人間は無意味に生きることができる(常にそうしてるとは一言も言ってない)。

したがって、意味のあることをするのが賢さで意味のないことをするのが非賢さなら、人間は動物より賢くないことになる。実際そうだろう。それこそ日常的観察から分かるように、例えば動物は同じ失敗をしない。そんな猫見たことない。失敗を繰り返すという愚かなことをしない。こう言って言い過ぎなら、少なくとも、それが失敗だと認識したらそれに二度と手を出さないように厳然と慎んでしまう。人間はというと、これが、愚行を繰り返すことで有名な生き物だ。歴史から学ばないとホザける奴が居る。いや、人間は学びこそしないのである(こう言って言い過ぎなら、少なくとも、動物ほど完璧には)。どんな生物にも認知エラーがありゴキブリにも他者意識が有るらしい(リンク切れ用予備①予備②予備③)とは言え、人間の確証バイアス、人間が同じ愚を繰り返す仕儀が一等目立つのである。

よく、動物を引き合いに出すアホがいて、こいつらの中には、動物がウエイトトレーニングをしないから自分もしないとホザける程のアホすら居る。そして自分はいかなる動物も決してしない動きに満ち満ちたスポーツや野球に励むのである。こういう自然愛好家のバカどもがすぐ「使えない〇〇」云々とホザくのには、注意が必要だ。こいつらは自然状態ならどうのこうのとホザきながら、文明を捨てて洞穴や荒野に暮らすことはしない。こいつらの自然愛好は方便やポーズであって実際には「自然」のことなど露も考えていない。似たようなので「先住民食()」だか「ミニマリスト」(生成文法)だかいった金持ち道楽を思い出すが、総じてこいつらは、カン違いバカなのである。特に「先住民食ww」や糖質制限というのは、自分が肉大好き・動物の苦痛考えませんというクズ(または、弁明の小理屈だけは用意してて幾らでも書きこみよる)であることのエクスキューズにすぎない。いずれにせよ、金がかかる。「自然」志向でも何でもなくて市場経済にどっぷり浸かった道楽だ、「サバイバル」同様。(ところで満腹単位あたりでなら、野菜は安い。食糧生産の問題(という糖質制限類バカが黙殺する問題)から言えば、野菜や穀物が比較を絶して効率いい。貧乏食は野菜に限る。何故かカップラーメンが貧乏食の象徴とされているが、満腹単位あたりから言うとカップラーメンはクソ高いぞボケ

カップ麺は貧乏食ではない。

袋メン・インスタント麺・乾麺と何と言ってもいいが、貧乏な家庭や人が食べるものこそこれだと勝手に決められ描かれイメージされてきたあのあれは、ぜんぜん安い食事ではない。その他にも、金がないならばこれを食べるものだとされてきた様々なものが、別に《財布に優しい》(←気持ち悪すぎる比喩)ものでもなんでもない。アホとは簡単な算数もできず値段表も読めないのである。

真の貧乏節約食は野菜をローフードで食うことだよバカやろう。なぜこのことを地球上の誰一人言わないんだ?なぜ人類は間違ったものを間違ったままほったらかしておけるんだ?… ほら、上で言った通り、人間てバカだろ?)

そう、人間がやってるいかなる運動行為も「自然」なものでは断じてないし、自然界に存在する何かを使ったところの、自然界に存在する運動ではない。動物を見習ってるスポーツマンは動物が普段何をしてるのかを全く知っていない。人間の「強さ」と猛獣の「強さ」は意味も質も様態も内容も目的も原因も味噌も唐辛子もぜんぜんぜんぜん全く違う別物である。「ライオンは」とホザくならお前はまず地面で寝ろ、シマウマの内臓を生で食え。それも全部合わせて「ライオン」だ。それがお前たちの呪術の世界だろうが。もちろん「未開」社会のことではない。足が速くなりたくて馬肉食うてるアホが居る「先進国」の呪術、血液型」性格がいまのいまだに信じられている呪術列島、アポフェニアが作っただけの恒星配列(星座()」)なぞが人生に何か関係すると発狂している野蛮人がウヨウヨしている列島、そもそも「占い」などと言う原猿類も騙せないクズが平気で信じられているアホ人列島、「霊視」だ「霊能」だ「事故物件」だとか大の大人が本気でホザき本気にして本気で金まで払うというモノホンまじもん未開人たちが服着て歩いてる未開列島の話だ。人間は動物と違う。足が速い()ことに意味が有ることなど永久にないが、そのアホ無意味を人間は求めるのである。人間は動物と違う。アホはまずこれが分からない。次に、分かってても、その違いをあべこべに考えてしまう。交差させて元に戻せ。バカは人間のほうで、動物は無限に賢い。人間という「霊長」類が自慢できるのはペニスの大きさぐらいだ。それも自慢でもないみたいだがな。

次回の記事に続く

 

天国のドアは3回目のベルで開(あ)く/アンダーガールズA

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