という橋本の説明により、前置詞句というのが2格の両項の関係をはっきりさせるための方便方策として2格に代えて使っている時があるという事が分かる。また、2格句と前置詞句とどちらを使ってあるのであっても、そのまま日本語にする無思考慣性を止めよう。例えば「(権)力への意志」は「権力の意志」以上の中二病日本語である。前置詞脊髄反射直訳日本語である(への!オレカッケー!!)。このような無思考転訳をしていてはならない。「der Wille zur Macht」というのは、こう定冠詞も付いて、「チカラが欲しいに決まっとるがな」と言っている。その原文が何を言っているのかの意味を読み込んで自言語でのマトモな表現にしろ。レンダリングしろ。
さて橋本の知見だが、2格解体プロセスという大きな流れの一支流だと言える。各方面の大きな流れを押さえているのがder Duden。ということで、
Der Duden in 12 Banden: 4 - Die Grammatik
- 出版社/メーカー: Bibliographisches Institut & FA Brockhaus AG
- 発売日: 2016/08/01
の第1536項(980~981頁)を見ると、2格代替法つまり2格解体の文法を概観している。以下、この箇所を参照して叙述していく。なお、2格即ち属格だがその用法が西洋古典語で多様に発達しているものである。ドイツ語はこれを模倣してきたのである筈だ。必要そうな箇所で適宜そのことに言及する。
初歩中の初歩として、後置した「所有の2(属)格〔possesiver Genitiv〕」句をvonで置き換える:
- die Farbe der Liebe → die Farbe von Liebe
前置または後置してる「所有の2(属)格」句を、所有者3格+所有 代名詞形容詞との組み合わせ構造に解体:
- Von wem ist M.T.s Rolle übernommen worden? を、
- Von wem ist der M.T. ihre Rolle übernommen worden? にする。
- Von wem ist die Rolle des Mitgliedes übernommen worden? を、
- Von wem ist dem Mitglied ihre (seine) Rolle übernommen worden? にする。
これは、„mir auch gehen die Augen über“ のようなPertinenzdativ(第1250項(830~831頁))と似ている。「所有の3格」などと日本語訳しよるが、上記の3格名詞句+所有形容詞の結構こそ「possessiver Dativ」と呼ぶようである(第1275項(840頁))。
文語で使う「性質の2(属)格〔Genitivus Qualitatis〕」句を前置詞句に換える:
- Snack besonderer Bedeutung
- Snack mit besonderer Bedeutung
なおGenitivus Qualitatisというのはラテン語のそれの模倣であろう。
- homines tam parvae staturae (Menschen so kleiner Statur)
- res eius modi (eine Sache dieser Art)
- vir summi ingenii (ein Mann höchster Begabung)
ドイツ語では文語に限った属格であり、この記事の真ん中当たりにも書いたが、形容詞等を引き伸ばしているものに過ぎない。実際は
- kleine Menschen
- diese Sache
- ein höchstbegabter Mann
と言っているに過ぎない。というか、敢えて使うことで文語という徴表を示すことが出来るものだと見なければ意味がない。つまり、ドイツ語のGenitivus Qualitatisが模倣を超えて文体戦略に高まっていると見なければ意味がない。Genitivus Qualitatis以外の引き伸ばしも有り、例えば、
Wir befinden uns an einer Stelle, die an handelspolitischer Bedeutung vielleicht die großartigste der ganzen Welt ist:
(Fr. W. Mader: El Dorado, Kp. 34)
というのは「handelspolitisch」と言っているだけなのだが、しかし敢えてこのように大仰な表現をすることで、文語らしい表現に達している。
「~という」の2格である「説明の2(属)格〔Genitivus explicativus〕」句を説明の同格〔Apposition〕句にしてしまう:
- Sternschnuppen der Unmöglichkeit
- Sternschnuppen Unmöglichkeit
これも
- nomen iustitiae (Der Begriff der Gerechtigkeit)
といったラテン語の説明属格が元に有るのだろうが、現代ドイツ語が特に多用する同格という構造
- der Begriff Gerechtigkeit
に吸収してしまって、我物とすることが出来ている。
「部分の2(属)格〔partitiver Genitiv〕」句を部分の同格句にしてしまう:
- Drei Tropfen heißer Tränen → Drei Tropfen heiße Tränen
この属格も
- magna copia frumenti (eine große Menge des Getreides)
というのを
- eine große Menge Getreide
という同格に解体してしまう、古典語の属格のドイツ語化である。